さまざまな矛盾を引き受けるもの
「こんな悲しい歌はありません。にぎやかで、陽気な歌だと勘違いされている皆さんが多いのですが、これほど、悲惨で、孤独で、暗い、つらい歌はありません」
曲が流れた後で、三波はこのように、自分の歌を解説しはじめました。では、いったい、「チャンチキおけさ」とはどんな歌なのでしょうか。
時代は、1957年。1950年生まれのわたしが7歳のときにさかのぼります。わたしにはその当時の記憶のかけらがまだ、身体にかすかに残っています。日本が、戦前よりも貧しかったと言われた戦後の数年間を経て、相対的には安定期に入りかけた時代でした。川本三郎に言わせればベルエポックということになります。しかし、戦争の傷痕が癒えるに従って、新たな敗者も生まれていました。
陽気で、馬鹿騒ぎの歌と思われている(わたしが思っていた)チャンチキおけさ。これが、浪曲師三波春夫の歌謡曲デビューでした。しかし、この歌詞の底にあるのは、出稼ぎや、集団就職で東京へ出てきたけれど、ついに芽が出ない敗残者の嘆き節です。無産で、無国籍な人々が吹き寄せられた場末の風景です。やけっぱち、というよりはデスペレートな空気が全体を覆っています。とても、芸者をあげて大騒ぎする歌ではありません。
ラジオの中で三波は「どうやって、この悲しみを表現したらいいのか。そこがいちばん悩んだところでした」と言っていたと思います。明るい三波が、悲しみをどうやって表現するのか。それはハバロフスクで悲しみを潜り抜けてプロの歌い手となった歌手三波春夫が自分に突きつけた問いでもあったのです。
わたしは、三波春夫はおとながおとなでありえた時代の最後の歌い手であったと思ってしまいます。さまざまな矛盾を自らの身体で引き受けるもの。それがおとながおとなであることの条件のひとつだろうと思うからです。
森村誠一が出演したNHKの番組で、その「チャンチキおけさ」を歌っている三波春夫の映像を見ることができました。金糸銀糸の見事な和服の衣装でマイクの前に立った三波は思ったよりも静かな調子でこの歌を歌い出しました。そして、その瞬間わたしに鳥肌が立ちました。「明るさを消すことなく、悲しさを表現する」この三波が悩んだアポリアは、彼はその歌の全体で、見事に突き抜けているように思えたからです。
<内田樹のメルマガ『大人の条件』vol.7、平川克美連載<「おとな学」入門>より>
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