内田樹のメルマガ『大人の条件』より

メディアの死、死とメディア(その3/全3回)

ぐるぐる回るのが好き

内田:この話は僕もしたいんだけれど、贈与経済というのは大ネタだから、また今度ゆっくりやろうね。

「交換から贈与へ」という大きな趨勢があると思う。最初に贈与がある。ところが贈与による交換というのは、すごくゆっくりしか進まない。場合によっては円環して「歴史のない社会」になってしまうこともある。けれども、どこかの段階で貨幣をかませるとすごく速くなる。人間というのは、スピードに対して抗し切れない欲望があるんだよね。

ぐるぐる回る。そしてそれが速く回るとなると、もうどうにもならない。そういう人間の傾向も見てあげないと気の毒だけどね。商取引とか市場経済は人間性に悖るわけじゃない。人間性のある部分にフィットしてもいるんだよ。ものがぐるぐる、高速度で回るのが好きで、それに巻き込まれるとくらくらしてくるっていう。ある種の嗜癖なんだ。

マリノフスキーのトロブリアンド諸島のクラ交易(※)があるじゃない? あれも何十年もかかってぐるぐるぐるぐる貝が回るんだけどさ、あれを超高速でやるとF1レースになる(笑)。

※パプア・ニューギニアのトロブリアンド諸島などの民族によって行われる交易。貝の首飾りや腕輪をカヌーによって長い時間をかけて交易圏内で流通させる。圏内を1周するまでに、2年から10年ほどを要する。贈り物と奉仕の相互交換を生み出し、何百キロも離れた人間を結びつけ、義務のやりとりで複雑な規則を課すことによって部族間に網目状の関係が作られる。人類学者のマリノフスキーによって研究された。

クラとは、ニューギニア島南東岸に隣接する諸島群で見られる儀礼的贈物交換の体系を言う。人類学者マリノフスキーが最初に記述した。トロブリアンド、トゥベトゥベやミシマ島などの,広範囲にわたる慣習や言語の異なる部族社会を閉じた環として、その圏内を時計回りに赤色の貝の首飾(ソウラバ)、逆方向に白い貝の腕輪(ムワリ)の2種類の装身具が贈物として、リレーのバトン、あるいは優勝旗のように回り続ける。

平川:なるほど。

内田:やっていることは一緒なんだと思うよ。どっちもまったくの無駄でしょ、F1レースなんか。ぐるぐる回って、とんでもない量のガソリンを使って、大変なお金を使って、人がどんどん死んでいく。でも、人間はそれを我慢できない。クラ交易もぐるぐる回っているもの自体には意味がないんだけど、ぐるぐる回すためには、航海技術や気象学、海洋学を身に付けたり、人的ネットワークを構築しないといけない。

F1もそうだと思うよ。車がぐるぐる回るのは無意味なんだけど、それを成立させるためには膨大な水面下の「それ以外の活動」が必要でしょう。流体力学とか材料工学とかコンピュータ制御とか、あるいは広告とかファッションとかドライバーのメンタル管理とか意味のあるものがないと無意味なぐるぐる周りができない。

平川:それは形を変えてF1レースになっているんだ。何の役にも立たないけどぐるぐる回してる、というのはたくさんあるわけだ。

内田:実はあると思うな。ものがぐるぐるぐるぐる回っているのを、人が見ていることが。

平川:そこに人が集まって、ツイッターみたいに、次から次へと繋がっていく。なにか別のものが起動していくということはあるだろうね。

この話は続けたいと思います。とりあえず今回はここまで。ありがとうございました。

内田:また来月お会いしましょう。

<終わり>

 

(その1はこちらから)
(その2はこちらから)

 

<この文章は内田樹メルマガ『大人の条件』から抜粋したものです。もしご興味を持っていただけましたら、ご購読をお願いします>

1 2 3 4

その他の記事

アフリカ旅行で改めて気付く望遠レンズの価値(高城剛)
生き残るための選択肢を増やそう(後編)(家入一真)
「言論の自由」と「暴力反対」にみる、論理に対するかまえの浅さ(岩崎夏海)
グローバリゼーションの大きな曲がり角(高城剛)
発信の原点とかいう取材で(やまもといちろう)
カーボンニュートラルをめぐる駆け引きの真相(高城剛)
私の出張装備2016-初夏-(西田宗千佳)
国民民主党を中心に動いていた政局が終わり始めているのかどうか(やまもといちろう)
父親の背中、母親の禁止–『ドラゴンボール』に学ぶ好奇心の育み方(岩崎夏海)
名越先生、ゲームをやりすぎると心に悪影響はありますか?(名越康文)
「正しく怒る」にはどうしたらいいか(岩崎夏海)
「まだ統一教会で消耗しているの?」とは揶揄できない現実的な各種事情(やまもといちろう)
街にも国家にも栄枯盛衰があると実感する季節(高城剛)
ウクライナ情勢と呼応する「キューバ危機」再来の不安(高城剛)
都知事・小池百合子さんは希望の党敗戦と台風対応の不始末でどう責任を取るのか(やまもといちろう)

ページのトップへ