日中の緊張関係は文化で溶けるのか

中国人にとって、「村上春樹」は日本人ではない!?

高度成長とともに

前出の王さんは2008年に北京、上海、大連など11都市、22大学で3000人以上の大学生(と大学院生)を対象に村上春樹に関するアンケート調査を実施し、その結果を分析して日本語の著書『村上春樹と中国』(アーツアンドクラフツ刊)にまとめた。

その調査によれば、若者が村上春樹を手に取る理由で最も多いものは、「友人に勧められたから」。次いで「流行しているから」、「村上春樹に興味を持っているから」の順だった。

村上の読者は、決して大学で日本文学を専攻した学生でもなければ、日本に留学した特別な学生でもなく、ごく普通の若者たちだ。彼らが読んだ本のトップは圧倒的多数で『ノルウェイの森』。2位は『海辺のカフカ』、3位は『風の歌を聴け』だった。

中国の消費やファッションをリードしているという「80后」や「90后」(90年代生まれ)は、村上のどんな点に共感しているのだろうか?

「村上作品が最も読まれたのが2003年から2006年ごろで、ちょうど中国の経済発展が急拡大する時期と重なります。読後の印象については、『孤独と喪失感に満ちているから』や『大量に性描写があるから』などを挙げており、『社会システムや共同体を冷ややかに傍観しているから』という回答もありました。中国には村上のような作品はほとんどありません。超競争社会を生きる中国の若者たちは孤独です。多くの悩みを抱えて生活する中で、村上作品は孤独や喪失感という点で自分自身と重なる部分があったのではないでしょうか」(王さん)

このように語る王さん自身も、山東省の大学を卒業する頃(1996年)に偶然、書店で村上文学と出合った。興味本位で手に取ったものの「無国籍的な感じもあり、退廃的でもあり、それまでの中国の小説とは明らかに異なるワールドがあり、惹かれていった」と語る。

王さんと同じく上海の復旦大学4年の周さん(1991年生まれ、男性)は高校時代に熱心に読んでいた、と振り返る。

周さんの高校時代(2005~2008年)、『海辺のカフカ』が大ヒットしていたという記憶があり、周さんはそれ以外に『国境の南、太陽の西』、『東京奇譚集』、『ノルウェイの森』も立て続けに読んだという。

「村上春樹の本の登場人物は、複数の自分を持っていて、日常を否定しながら生きているようなところがある。『現代を生きる人』と『都市の環境』が二元対立的に語られていると思います。ひと言でいえば、彼の小説に共通するのは『息苦しさ』とか『窮屈さ』のようなものでしょうか。高校時代は哲学的なものに憧れるところがあり、私もむさぼるように読みました」

1 2 3 4 5

その他の記事

ネットも電気もない東アフリカのマダガスカルで享受する「圏外力」の楽しみ(高城剛)
ネット教育今昔物語(小寺信良)
20代のうちは「借金してでも自分に先行投資する」ほうがいい?(家入一真)
ストレスを数値化して自分の健康パフォーマンスを見極める(高城剛)
私的録音録画の新しい議論(小寺信良)
野菜はヘルシーフードどころか真逆の毒の塊?(高城剛)
貯まっても使う機会に恵まれないマイレージに思うこと(高城剛)
決められないなら、委ねよう(天野ひろゆき)
怪しい南の島が目指す「金融立国」から「観光立国」への道(高城剛)
コロナが終息しても、もとの世界には戻らない(高城剛)
Googleの退職エントリーラッシュに見る、多国籍企業のフリーライド感(やまもといちろう)
ショートショート「金曜夜、彼女のジョブ」(石田衣良)
教育としての看取り–グリーフワークの可能性(名越康文)
人はなぜ初日の出に惹かれるのか–数万年の心の旅路(鏡リュウジ)
ロシアによるウクライナ侵略が与えるもうひとつの台湾有事への影響(やまもといちろう)

ページのトップへ