INESの暫定評価をレベル3に引き上げ
津田:なるほどね。まったく汚染水対策をしていなかったわけじゃなくて、そのような計画を進めていたなかで、今年に入って一連の汚染水問題が次々に発覚してしまったと。
小嶋:はい。今年に入ってからの主な動きをお伝えしますと、まずは4月6日、東電の記者会見で、発電所構内に設置した地下貯水槽から汚染水が漏れていたことが発表されました [*36] 。その後、地下貯水槽での汚染水保管は中止となり [*37] 6月中旬には地下貯水槽から地上タンクへの2万7000トンの汚染水移送が完了しています [*38] 。もともと汚染水の置き場所に頭を抱えていた東電にとってこれがかなりの痛手となったのか、政府や東電、有識者からなる「汚染水処理対策委員会」が4月26日に初会合を開き、建屋まわりの遮水壁について検討を始めたようです [*39] 。
津田:2011年に却下されたはずの陸側遮水壁が、ここに来てふたたび注目されることになったと。
小嶋:そういうことになりますね。その後、状況が大きく動いたのは6月19日です。この日、東電が臨時会見を開き、1~4号機のタービン建屋の東側、護岸付近にある観測孔のひとつで採取した地下水から、高濃度のトリチウムとストロンチウムが検出されたことを明らかにしました [*40] 。2011年4月に2号機の取水口付近から漏えいした汚染水の一部が2号機電源ケーブル管路から地中に浸透。セシウムは土壌に吸着されたが、三重水素 [*41] であるトリチウムは地下水とともに流されて移動したのではないかというのが当時の東電による推測です。ただし、港湾内の海水分析では大きな変化が見られず、海への流出は確認されていないとのことでした [*42] 。
津田:5月にわかっていた検出結果の発表が、なぜ6月半ばになったのか。本当に海へは流出していないのか。記者会見ではそのあたりが厳しく追及されていましたよね。
小嶋:原子力規制委員会も東電を追及します。汚染水の影響が海へ及んでいる可能性は否定できないとして、東電に対してモニタリングの強化や護岸背後エリアの地盤改良などを指導 [*43] 。その後、7月22日になって東電は初めて「汚染水が海に流出している可能性がある」と認めました [*44] 。ただし港湾の外側では数値に変化がなく、海への拡散は限定的だということです。
津田:発表した日が参院選翌日だったことでさまざまな憶測を招きましたよね [*45] 。東電が参院選に配慮したのか、はたまた参院選のドタバタに便乗したのか……。
小嶋:しかも、海洋流出を裏付けるデータの提出日が東電、経済産業省、原子力規制庁の担当者ごとに食い違っているという…… [*46] 。まぁ、タイミングがタイミングなだけに何を言われても仕方がないし、実際に何らかの思惑があった可能性もゼロではないでしょう。最終的には東電の広瀬直己社長が記者会見で発表の遅れを謝罪する事態になりました [*47] 。
津田:このあたりからメディアでも汚染水問題が大きく扱われるようになっていきますよね。同時に、東電からも次々と汚染水に関する報告が発表されるようになった気がします。
小嶋:そうなんです。汚染水の海洋流出を認めたことに続き、8月2日には記者会見を開いて流出したトリチウムの試算量が20兆から最高で40兆ベクレルになることを公表しました [*48] 。この数十兆レベルの数字は一見するととてつもない量のように感じますが、保安規定上のトリチウム放出基準値は年間22兆ベクレルなので、東電は「保安規定に定められた年間の放出基準値と同程度」としています [*49] 。
津田:あくまでも通常の原発運転時の放出量とそんなに変わらないと主張しているわけですね。
小嶋:はい。日本国内のほかの原発でも毎年数十兆ベクレルレベルのトリチウムが海洋に放出されている [*50] とのことで、さらにその5日後、経済産業省による汚染水に関する試算も発表されます。資料によれば、福島第一原発の1号機~4号機周辺には主に山側から1日あたり1000トンの地下水が流れ込み、うち400トンが建屋に流入していると。残りの600トンは海に流れ、このうち300トンは建屋のトレンチなどにたまっている高濃度の汚染水と混ざって海に流出しているとのことでした [*51] 。そして8月19日には、原子炉冷却に使用した高濃度の放射性汚染水を貯蔵するタンクから汚染水が漏えいしていたことが発覚します [*52] 。
津田:これは循環注水冷却システムで原子炉の冷却に使われた汚染水をためていたタンクで、2011年のシステム運用以来、増設を続けてきたものですよね。「タンクはなるべくお金をかけないでつくった」「長期間耐えられる構造ではない」といった関係者の証言 [*53] を聞く限り、かなり急ピッチでつくられていた印象があるのですが……。
小嶋:このときはパトロール中の作業員が水漏れを発見したのですが、このあとの調査でタンクのずさんな管理体制が次々と明らかになります。まず、漏えいが確認されたタンクは、以前別の場所に設置していたが地盤沈下で傾き、解体したものを再利用していたことがわかったと [*54] 。また、その後の発表では、300トンの汚染水が漏れたこと、漏えいを起こしたタンクは「フランジ式」と呼ばれる鋼板をボルトで締めてつなぎ合わせた構造で、1~4号機の汚染水を貯留している全タンク約930基のうち同型のものが約300基あること、そのタンクのパトロールを1日たった2名の人員でこなしていたことなどが報告されました [*55] 。ただし、タンク周辺の汚染土壌の除去や類似タンクの総点検、パトロール体制の見直しといった対策も提示されています。
津田:実際、タンクから漏れた汚染水の放射線量はどのくらいだったんでしょうか。
小嶋:汚染水そのものから検出されたのは、1リットルあたりのセシウム134は4万6000ベクレル、セシウム137は10万ベクレル、また、ストロンチウムなども8000万ベクレルといった非常に高い数値です [*56] 。それでも東電は当初、漏水量を0.12トンと発表したため、原子力規制委員会は原発事故の国際評価尺度(INES)[*57] での暫定評価をレベル1(逸脱)としていたんです。それが実際は300トンだったと判明したことで、評価をレベル3(重大な異常現象)に引き上げました [*58] 。
津田:福島第一原発事故そのものの評価はチェルノブイリと同じレベル7です。それとは切り離して個別にレベル3の評価にした [*59] ということは、それほど重大な事故だったと。レベル3というと、臨界事故が起きる2年前の1997年に東海村の再処理施設で起きた動燃東海事業所火災爆発事故 [*60] と同じ。そこそこ重大な事象であるわけですね。
小嶋:そういうことでしょうね。さすがにフランジ型のタンクはこれ以上使えないということで、溶接型タンクへの切り替えが始まりますが、溶接型を製造するには数カ月かかってしまう。しかも、その時点での原発敷地内にある全タンクの空き容量は7万~8万トンほど [*61] と、まさにふんだり蹴ったりの状況でした。オリンピックの招致は絶望的――そんな報道 [*62] をたびたび見かけるようになったのもこの頃ですね。
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