確信があったからこそ生きることができた
ただ、親鸞は御手紙にもあったように「因縁(縁)が、もよおさなければ人を殺すことも出来ない」という考え方があり、それ故にこそ「弥陀の本願にすがるしかない」という生き方が生まれたようです。田口さんのご想像通り、私が「人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」という事を、どうにも崩しがたいほどの確信をもって信ずるようになった背景のひとつには、親鸞の影響もあったように思います。
いま、あらためて振り返ってみますと、私が「人間の運命が完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」という考えを私の中で確立させたのは、荘子や禅(特に『無門関』の「百丈野狐」の話)、それにアインシュタインの光量子説(光に波と粒子の二重性があること)、さらには聖中心道・肥田式強健術の創始者、肥田春充翁の体験、さらには親鸞の考え方などが、さまざまな角度から考え検討されて、まるで海流の渦に巻き込まれ、もがいたあげく、ある時フッと海面に浮かび上がって太陽を見たような、そんな過程を経てきたように思います。
とはいえ、私は、この私が確信をもった事を誰かに説き伏せ、共に信仰に励もうとはまったく思いません。もっとも私のこの確信は、とても信仰の対象になるようなものではありませんが……。ただ、信仰の対象になるものではないとはいえ、私はこの確信があったからこそ40年以上、まあ普通に社会の中で生きてこられた事は確かです。そうでなければ、私から見ればどう見てもおかしい医療の矛盾や農業政策などに対して、自爆的批判を行っていたように思います。
どうして自分を制御することができたのか
今から40年以上前、岩手の農場で見た雌雄鑑別をした後の鶏の雄雛を、特大のプラスチック容器に投げ入れ、一杯になると長靴を履いた足で踏みつけて、さらに投げ入れていた光景は脳裏に焼きつき、その時の雛の悲鳴は今でも耳の底に残っております。あの時の強烈な「これは違う!」「畜産がこんな姿であっていいわけはない」と思った事から火がついたその後の私の現代農業批判と、現代栄養学、医学に対する激しい敵対意識が、あのまま育っていれば、それこそどんな激しい自己破壊的行動をとっていてもおかしくはなかったと思います。
つまり、あの岩手の農場での出来事がきっかけで、現代栄養学や医学の考え方に疑問を持ち、民間のさまざまな健康法や療法を調べてゆくうちに、宗教的な事への関心も拡がって、『荘子』や「禅」に関するものをはじめ、いろいろと新宗教関係のものも読んだり、集会や体験修行に行った結果、「人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」という気づきがあり、それで自己破壊的な行動への衝動も何とか制御出来るようになったのです。
もっとも、その種火は今でも残っていたとみえて、福島の原発事故の時は、本当に志願して、大量被曝を覚悟で冷却水のホースを持って建屋に入って行きたいと思ました。そして、私の知り得る限りの手段を使って、それを志願したのですが叶いませんでした。ですから、今でも「ここが自分の死に場所だ」と直感すれば、躊躇なくその時を逃さないようにしようという意識は常に持っています。
まあそういうところがあるから、人間探究の方法として“武術”を選んだのかもしれません。そして、その「『ここが自分の死に場所だ』と思って、私が身を捨てる」という決意をする時は、恐らくはその事によって、誰か目の前にいる人(一人あるいは複数)、あるいは地域や社会といったものの危機的状況に対処するため、という事が一番想像しやすい訳ですが、あるいはもっと複雑な状況かも知れません。これは「治にいて乱を忘れず」という、かつての武士の最も基本的な考え方で、かつては珍しくも何ともない心構えだったと思いますが、現代では、かなり珍しくなっているかもしれません。
ただ、単純ではない状況で自らが身を捨てるという事は、自分自身の思想がよほど育っていなければなりませんから、私自身、今後はそういう思想を深化させる方向に向かわねばならないと思っています。そういう点でも、この、貴兄との往復書簡は私にとって本当に得難い場となっているのです。
御縁にあらためて感謝し、また頂く御手紙、心よりお待ちしております。
甲野善紀
※この記事は甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 2012年06月18日 Vol.030 に掲載された記事を編集・再録したものです。
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