切通理作
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切通理作メールマガジン「映画の友よ」

何かに似ている映画とかじゃなくて、今じゃなきゃ出来ない、ここじゃなきゃ出来ない映画に出れる幸せ

『ねばぎば 新世界』公開記念ロングインタビュー

女優・有森也実 〜最新作から原点まで

聞き手・切通理作

映画『ねばぎば新世界』は、『ひとくず』の監督・主演で国際的に評価された上西雄大が、赤井英和主演で、大阪・西成を舞台に描いたアクション人情ドラマ。

 共演者として上西監督自身も重要な役を担い、勝新太郎・田宮二郎ダブル主演の、往年の大映映画「悪名」シリーズを彷彿とさせるコンビ役を成す。


 勝吉こと村上勝太郎が赤井さんの役。上西さん演じる弟分のコオロギこと神木雄司とともにヤクザの組を潰しまわっていた暴れん坊だったが、更生しボクサーの道を歩んでいた。だがある事件のケツを拭き、今は新世界の串カツ店で働く身分。

 ある日、勝吉は、もの言わぬ少年・徳永武に出会い、追われている事を知って家にかくまうことにした。武は悪徳宗教団体から逃げて来ており、しかも、母親が洗脳されて仲間とともに捕まえに来るらしい。

 ちょうどその頃、コオロギが刑務所から釈放され勝吉を訪ねてきた。二人の胸に昔と同じ情熱がよみがえってくる。

小沢仁志、西岡德馬、菅田俊、田中要次、堀田眞三、徳竹未夏、古川藍、神戸浩、坂田聡など豪華メンバーが共演。
そして、主人公が真に守るべき存在のヒロイン役で有森也実さんが出演。赤井さんたちのアクション場面に引けをとらない凄絶な美しさで相対する。『いぬむこいり』(16)など、近年は身体を張った演技で人間の表と裏を表現する女優となった有森さんだが、奇しくもこの7月、かつての主演デビュー作『星空のむこうの国』のリメイク版が公開。有森さんも出演されている。

今回は<女優・有森也実>さんの全貌から、時間の許す限りお話を伺った。


『ねばぎば 新世界』〜有森也実さんの「強さ」

切通 『ねばぎば 新世界』は、赤井英和さん演じる主人公の勝太郎(通称・勝吉)側が、新興宗教に子どもを連れ去られた父親に加担して、その子を取り返そうとする……という展開でありつつ、実は勝吉にとっては、有森さん演じる「お嬢」こと琴音さんを取り返すっていうのが大きな目的。一番インパクトがあったのは、勝吉側を拒絶する、「うるさい!」「だまれ!」という有森さんのすごみのある拒絶でした。あそこに迫力がないと、お話の重みがだいぶ違っちゃうと思ったんです。逆に言えば、お話だと思って観ていた自分が、ハッとさせられる瞬間でした。

有森 命を懸けての「全否定」ですよね(笑)。勝吉がやっていたボクシングに対しても全否定。勝吉の面倒を見てボクシングジムをやっていた父に対しても全否定。きっと彼女にとってはいままで出したことのないような声なのかなと。それから、自分が信じ込んでいる教祖を守らなきゃいけないという気持ちもある。自分を救ってくれた人として。

切通 ある意味洗脳されている状態でもありますけど、でも翻弄される弱さより、否定する強さみたいなものを感じたんです。

有森 父と決別したときに、強さを手に入れたんでしょう。「自分で生きていく」って。ま、でも自殺しようとしてたけどね、あの人。

切通 そうですよね、踏切で。

有森 自殺しなきゃいけないぐらい追い込まれていたってことですよね。「自分には価値がない」「自分は必要がない」って。

切通 追い詰められてきたからこそ、そこから立ち上がってきた強さみたいなものが、間違った方向かもしれないけれど、あるのかなと思ったんです。そこらへんの強弱みたいなことに関しては、監督さんとの間でお話しされたりしたのですか?

有森 上西雄大監督は、私の「こういうことをやりたいんですけど」っていうのを受け入れて下さる方なので、そんなに多くのディスカッションは現場ではしてはいないんです。けれど、オファーが来て、台本を読んだ時に、私が演じる琴音が「人を殴るって、何が面白いの」って勝吉に言う理由が描かれてなかったんですよね。それで「もう少し厚くしてほしい」というようなことを話したら、ササッと書き換えてきてくれて。もう次の日に新しい脚本が送られてきました。すごくアクティブだし対応も早い。だからもう、イメージは監督の中ではきっとあったんでしょうね。
 琴音の父は、不良少年をどんどん連れてきて、ボクシングを習わせて、その不良少年たちが警察に厄介になっちゃったりして、やっぱり、善と悪の溜まり場みたいなところにいるわけですよね。「母も苦労した」って言ってますよね。琴音も昔はボクシングをやってたんですよ。

切通 そうだったんですか。

有森 完成した映画には反映されてなかったですが、ボクシングをやっていても、何も救えない自分がいる。全然強くなれない。パンチは強くなれるけど、心は強くなれない。そういうジレンマみたいなものがないと、成立しないんじゃないかなっていうところで、監督に打診したんだと思います。

切通 やっぱりそういう強さへの葛藤があったんですね。キャラクターの根拠に。

有森 だからそうじゃないところで自分も救われたいし、人も救いたい。「ああ、やっと人が救える」っていう風に思って、宗教活動をがんばってやったんでしょうね。きっと。幹部まで行ったんだから(笑)。

(c) Yudai Uenishi

『ねばぎば 新世界』〜赤井英和さんとの「対決」

有森 勝吉と子分のコオロギのオヤジ2人が、善の皮を被った、善に隠れた悪みたいなものをブッタ斬っていく、痛快な映画です(笑)。ストレートなドラマってなんだか懐かしいですよね。
 『Gメン'75』の、なんだかしらないけど香港に行って、ムキムキの男と刑事たちが戦うみたいな、あんな映像を思い出したりなんかもして、シリアスなんだけれども、誇張した部分っていうのが面白い映画なんじゃないかなって。
 だからこそ私の部分は、わりかしリアルな心情っていうのをちゃんとやらないとダメだったんだろうなあって感じました。父親に自分のメンタルというか、つらさを理解されないまま大人になって、反発して、で家を飛び出しちゃって……結局、すがるものがなくて宗教にすがってしまった。その宗教は悪徳だったっていう。でもそこで幹部にまでなってしまったっていうことは、自分もその宗教に加担して、多くの人を苦しめてしまった。かわいそうな人ですよね。

切通 その彼女を勝吉が救っていく。演じる赤井英和さんとの共演はいかがでしたか。

有森 赤井さんは素敵ですもう。今回ホントにぴったりの役で。立ってるだけで哀愁があってね。

切通 今度の映画はある意味、有森さんと赤井さんとの対決じゃないですか。

有森 対決……負けましたね(笑)。

切通 劇としてはそうならざるを得ない。

有森 やっぱり赤井さんの中に、「やさしさ」っていうのがあるから、成立するんでしょうね。いくら拳を振り上げて、ボコボコにしたとしても、ただのバイオレンスじゃなくて、そこに「愛」がちゃんとあるというのは、赤井さん自身からにじみ出るものがあるんだと思いますね。成敗してるって感じじゃないんですよね。せつなさと、憤りと、複雑な、「わかってあげたいけどそれだけはわかれない」とか……とっても素敵な俳優さんですよね。でも男の人っていいですよね。全部が味になるから。ズルいと思う(笑)。今回も赤井さん、そんなにいっぱいセリフを喋ってるわけじゃないじゃないですか。だからズルいんですよ(笑)。

切通 コオロギ役の上西さんの方が一杯喋ってます。

有森 そう。上西さんがツッコミ役でね。

(c) Yudai Uenishi

『ねばぎば 新世界』〜上西雄大監督のすごさ

切通 今回、上西雄大さんは監督をされ、かつコオロギ役で出演されているという。コオロギは男性側の準主役ですよね。

有森 コオロギも面白いキャラクターになっていますよね。

切通 上西監督から、ご自分でもお芝居されている方ならではの演出は感じられますか。

有森 乗せ上手!

切通 あ〜。

有森 役者の生理を知ってるから。「どういう風に言ったら喜んでくれるかな」って、わかるじゃないですか。「ホントにいいですね〜」「あ〜、そうですねえ。じゃあそうしましょう」って、どう撮られたいかみたいなのをちゃんとキャッチしてくれる……というのは、上西さんは優れていますよね。監督マインドと、役者マインドの2つがあるから。
 逆に『いぬむこいり』の片嶋(一貴)監督は、どっちかっていうと監督マインドだから、役者が提示したものに対しては、面白いと思ったものは採り入れるけど、「それは違う」と思ったものは、スパッと、もう排除しますからね。それは潔いし、わかりやすくていいんですけど。

切通 今回の琴音役は、どういった形でオファーが来たんでしょうか。

有森 上西さんは、『いぬむこいり』を大阪で上映したときに、観に来てくださったんです。それですごく共感してくださって、で、大阪で上映が終わった後、京都で上映されたときも劇団員をいっぱい引き連れて観に来て……で、その頃はまだコロナ禍じゃなかったから、みんなで呑んだりとかしてお話してという縁があって。それで「映画を撮るんで、出てもらえませんか」と。上西さんの前作の『ひとくず』(21)も観に行かせて頂いて、すごく素敵だったんで「ああ、多才な人だなあ。劇団もやって、映画も作って、面白い人だなあ」って。

女優は「憑依体質」じゃなきゃ出来ない

切通 宗教幹部としての琴音の描写に多くの時間が割かれているわけではないにしても、ある種のリアリティを以て観れるのは、ひとつには、『いぬむこいり』のような近年の作品の印象も、観客側の僕にとってはあるのかなと。『いぬむこいり』も、ある日お告げがあって、突然行動を始める女性ということで……

有森 最初はダメダメな教師でしたね。

切通 4時間ある映画の中で、次々といろんな体験をしていく。

有森 個性的な人たちばっかり出てきてね。

切通 緑魔子さんから、頭脳警察のPANTAさんから……強烈な個性の人ばかり。

有森 ジャブが強すぎて、「受け」って大変だなと思いました。若いときはね、年長の個性的な俳優さんに囲まれて、笑顔で受けるみたいな立ち位置ってあるけど、あらためて「受け芝居って大変だったんだな」って、思いましたね。『いぬむこ』の時は。

切通 でもその強烈な個性の人たちにある種負けてないっていうか……ちょっと憑依体質という。

有森 ウフフ。そうねえ。女優って、憑依体質じゃなきゃ出来ないから。

切通 あ〜。

有森 たぶんね。所謂「体質」かどうかはわかんないけど、なにか、どっか思い込みの強い、単純な側面がないと。あとはやっぱり、いままで自分が感じたことのないこととか、経験したことのない感覚を求めてる。

切通 『いぬむこいり』では、単なる「受け」の芝居というよりも、自分の方も、劇的に変わっていくという……。

有森 そうそう。どんどん、「受け」たものを材料に、変化していく。

フィクションの映画だから出来ること

切通 子どもにつらく当たる母親を演じた『赤々煉恋』(13/小中和哉監督)もそうですけど、たとえば人の親という役割にしても、近年はきれいごとじゃない部分を演じるようになってこられたと思うんですけど。

有森 女優だから、それはやんなきゃねっていう感じですよね。綺麗で可愛くて、ゴージャスで……とか、そういうんじゃなくて、やっぱり、観ている人が「あ、自分を表現してくれてる」とか「自分の肩代わりになってくれてる」とか、「理解されてる」「ここにもこういう人がいた」……って思って気持ちが楽になったとか、そういうことが絶対、女優の仕事の一つでもあるんじゃないかなって。それは表現だったら、小説でも絵でも、なんでもそうじゃないですか。

切通 逆に、中途半端じゃなくやりきるからこそ、観客も、自分の否定できない部分を、ちょっと認められた気になるのかもしれないですね。

有森 それは、どっか「共感」。現実に身近にいたらすごく嫌な人でも、「でもそういう部分って持っているでしょ?」って。「あるでしょ?知ってるでしょ?それはうちの母でした」みたいな。映画を通して客観的に見ると「母もかわいそうな人だなと思いました」とか、「『つらかったんだな』って、やっとわかりました」とか。本当のリアルなドキュメンタリーだと入り込めないところに入っていくのが、フィクションである映画の勝負だと思うんですよね、私。ノンフィクションでは伝えきれない感覚、エモーションがあるっていうのが……やっぱり、現実は怖くって本当につらくって目を瞑っちゃいますよね。でも作り物だから見れる。私もニュースでつらい事件の映像とかが見れないときありますもん。

切通 『赤々煉恋』の母親役の時でも、相手は子役とはいえ本物の子どもじゃないですか。それにつらくあたる演技をするときっていうのは、リアルな気持ちになったりは……。

有森 うーん、あのね、不思議とね……や〜な母親の役とかって、もう台本読んで「この女殺してやりたいな」って思うときって、あるんですよね。「どうしようもない人間だな」って、すごい腹立たしくもなる。だけど、演じているときって、自分を正当化してやるんですよね。

切通 あ〜。

有森 不思議ですよね。

切通 でもその正当化のパワーっていうのもあるような気がしますよね。

有森 だってそうじゃなきゃ、「本当の悪人っているんだろうか?」って思いませんか? どっかにやっぱり、自分の正しいものって……自分の信じているものっていうのがあるから、悪いことというか、世間的にモラルに反していることだって出来るって、思うんですよね。

切通 正当化しているからこそ、逆に「ただの悪」に見えないってこともあるかもしれないですね。「悪い人なんだよ」って演じているんじゃないという。

有森 ただの悪に見えちゃったら、それはやっぱり……つらすぎますよね。

切通 かえって。

有森 それは環境だったり。だから悪いことをしなくちゃいけないっていうのは……なんかあるんでしょ? 脳みそ。マインド。そうなっちゃうようなことって。その辺はきちんと勉強しているわけじゃないから、よくわかんないけど、そもそも、そんな悪い人はいないって、どっかで信じている部分がありますね。

デビュー作を見直して

切通 有森さんの俳優活動初期の話題に移らせていただきたいのですが、実はちょうど『星空のむこうの国』リメイク版が公開されるということで、有森さんが主演されたオリジナルの『星空のむこうの国』(86)も、小中和哉監督のご厚意で観せていただいたんです。僕も若いころ観たので、昨日何十年ぶりかで拝見して。

有森 (笑)私も昨日観たんですよ。久しぶりでしたね。(リメイク版公開に合わせて)コメントさせていただく必要もあって。「どんなだったかなあ。とりあえず観ようか」って。観てビックリしましたね。「私にも若い時があったんだ」って(笑)。でもよく出来ていましたね。やっぱり面白かったです。

切通 有森さんのヒロインが振り向くシーン、モノクロからカラーになって、繰り返されるのに小中監督の思いが感じられました。

有森 何度も振り向いていたのかな。現場で。とにかく手作りで、私が演じた理沙のスカートとかも、共演の女生徒役の方が作ってくださったりとか。小中監督が芝居の指導をしてくださるんですけど、しぐさとかが可愛くて。「こんな風には出来ない」(笑)って。

切通 あ、理沙の動きを監督が実際にやって見せてくれたんですね。

有森 私があまりにもぶきっちょで、ぶっきらぼうだから、小中監督がやってくれるんですよ。「星が見えない……」って言うときの手の使い方とか。それがすごく可愛くて。

切通 小中監督は、男性側主役の昭雄君(演:神田裕司)の友だちの役で出られてますよね。

有森 ガクラン着て、教室から出てくる。

切通 当時は高校生をやってもおかしくない風貌の小中監督だから、そのしぐさも可愛く見えたのかもしれませんね。

有森 小中監督は、やっぱり女の子を可愛く撮るのが上手ですよ。その当時の絵コンテを見ると、絵も上手なんですよ。頭の中に全部絵コンテがあって、それにはめ込んでいくっていう感じ。

切通 小中監督の絵コンテって、僕も見たことがありますけど、すごく素朴な絵で、懐かしい感じがして和みますよね。

有森 やっぱり可愛いんですよね、字も丸文字で女の子みたいで。『南くんの恋人〜my little lover』(15)ってドラマでも、お母さんの役をやらせて頂いたけど。もうハッキリしていますよね。撮りたいこと、やりたいこと。

切通 有森さんにとって本格的な主演の最初でしたが、経緯を教えて下されば。

有森 あの役が来たときは、まだまだ全然何も知らないようなときだったんですけど、プロデューサーの一瀬隆重さんが、なんかのオーディションで私を見たんですよ。それで「有森也実ちゃんってどう?」って言ってくださったんだと思います。それがなんのオーディションだったのか定かじゃありませんけど……その頃、全部オーディションですから。なにもかも。まだ無名の時は。で、文芸坐ル・ピリエの横だったか地下だったかの喫茶店で監督とお会いして、その時にオードリー・ヘップバーンのポスターが貼ってあったんですけど、「わあ、これ欲しい!と思ったのは憶えています(笑)。

切通 『星空のむこうの国』も、ちょっと、あの時代としてもオールドな映画のような佇まいがありますね。男性側主人公が、一目見た女の人に惚れて、ひたすら会いたいと思う。

有森 それも、違う空間に行ってしまうっていう。

切通 で、思われるヒロインの方も、ずっと彼と会うのを求めていた。

有森 思いの強さみたいなのがね、そもそもあるタイプだったんじゃないかなあって。

切通 有森さんご自身がですね。

「文学的」なたたずまい

切通 有森さんご自身も……これは悪い意味ではないのですが……ちょっとオールドなイメージというか、あの当時の言葉で言えば「現代風ギャル」ではないというか。

有森 そう。ギャルってキャラじゃないです(笑)。

切通 あの時代まだ昭和なんですけど……「昭和っぽい」って言葉が似合うような。

有森 良く言うと「文学的」?

切通 ……ああ、そうですね!

有森 すごく良く言うと(笑)。

切通 ご自分では当時意識されて……。

有森 いや、してないです。してないです。全然してないです。

切通 人にはそう思われてるなあみたいな。

有森 いや、その時だって全然そういう意識はしてないし……ただ、私は、その当時流行ってたミニスカートとか、そういうの、あんまり好きじゃなかったんです。自分は自分で好きなものがあったから。それでいいと思っていましたし。
なんだろう、ミーハーなものって好きじゃなかったんですよ。ファンシーグッズとかも興味はなかったですし。みんなが「キャー!」って言っていたものに魅力を感じなかったんですよ。ちょっと変な子だった。で父も母も本を読んだりとか、映画を見たりするのが好きだったから、一緒に映画を観に行ったり、あとテレビの洋画劇場とかあったじゃないですか。ああいうのも家族で観たりとかして。「オードリー・ヘップパーンのあの服って可愛いよね」とか「あの家具素敵だな」「あんなカーテン、どこで売ってるんだろう」とか(笑)。

切通 そういうたたずまいを空気として持たれていたんですね。

有森 なんか違って見えるというのは、そういうところだったのかもしれない。まあ、でもいま『星空』観ると、なんか可愛かったなあ、私。自分で言うのもなんですけど。……もう別物になってしまいましたね。

切通 そんなことないですよ!

山田洋次監督が与えた試練

切通 僕、驚いたんですけど、山田洋次監督の『キネマの天地』(86)は、『星空のむこうの国』が公開されたのと同じ年なんですね。

有森 びっくりしました、私も。

切通 『キネマの天地』で有森さんの演じた小春という役は、映画館で売り子をやってて、スカウトされて、大スターになっていく。

有森 そうですよね。だから、オーバーラップしちゃったのね。

切通 有森さん同様、映画界に馴染んでいく新人女優の役っていう。小春は、映画の冒頭近くで売り子しているとき、お客に言い返したりして、勝気な女の子って感じでしたよね。その同じ調子で渥美清さんのお父さんと掛け合いがありますけど……。

有森 渥美さんは、全部受け止めてくださいますからね。私が、あんまり極端に表情がコロコロ変わるから、もうちょっとゆっくりやったらって言ってくださったと思います。もちろんやっぱり山田監督が細かく指導してくださいましたね。でも「もう一回前のやつ」と言われてもわからないんですよね。

切通 ワンテイク前の芝居でやってほしいって言われても……。

有森 大変だったと思いますよ。私がなんにもわからないから。

切通 演技のダメ出し食らった小春が一回家に帰ってきたら、お父さんが、お前は本当の子じゃないってことを含めて話をするじゃないですか。で、小春にとって渥美さん演じる喜八が本当のお父さんじゃないってことは、全然知らないわけではない。

有森 知っているようで、知らないようで、べつに触れないんだから触れなくていいんじゃないみたいな感じですよね。フワフワッとしたやさしさみたいなのって、日本人ってあるじゃないですか。もともと持っていますよね。「それ結論づけちゃったら終わりじゃない?」みたいなね。

切通 「それを言っちゃあおしまいよ」みたいな。その辺は自然に受け止めていらしたんですね。映画の途中、小春が劇中からいったん居なくなって、中井貴一さん演じる助監督の島田が政治犯を疑われて投獄される前後が割と長くて、彼が釈放されてきたら、撮影所で小春と再会するじゃないですか。あそこで時が経っているというか……。

有森 女優として少し成長していますよね。

切通 その成長を表現するっていうのは……。

有森 そんなの出来ないですよ。出来るわけがないじゃないですか(笑)。あれはやっぱり衣装の綺麗なドレスを着て、松坂慶子さんの隣に居ることで「格が上がったな」っていう(笑)。それ以外、なんにも出来ないですよ。

映画には映っていない「マジック」

切通 田中健さん演じるスター俳優に口説かれた小春が、反発するけど、彼が役者としての本音を漏らすのを聴いて気持ちが揺れて、キスする。あのくだりは小春の「青春」って感じがしました。

有森 あそこのシーン好きです。ちょっと啖呵切るところで監督が笑ってくれたんですよ。そこで気持ちが解けましたね。田中健さんに「キスぐらいしたことあるわよ!」って言うでしょ?「これで観客が笑ったら成功だね」みたいなことを言ってくださって。あれは嬉しかった。
 監督が何を求めているとか、そういう計算とかはまったく出来ないときですからね。山田監督はもう「その手を上げてみて」とか、「もうちょっと角度を下向きにして言ってみて」とか、そういう感じでしたよ。あんまりこう「田中小春って子はこういう子でね」っていうような話を長くしてくださるって感じではなかったですよね。とにかくテストをとことん重ねる。洗濯板を使ってタライで洗っているシーンが全然板につかなくて、それを午前中いっぱいやって「やっと板についてきたね。さあ、そろそろやろうか」みたいな感じです。
 ともかく、すべてがなってなかったんです。

切通 生きてる時代が違う役ということもありますよね。

有森 大変だったと思います(笑)。でもいまでも『キネマの天地』のことは「良い作品でしたね」って言って下さるかたがいらして、うれしいことですね。若い時にこういう作品出られて。
山田組っていうチームがしっかりしている中に、私がポンと入ってきて、なにもわからないままやって、静かに淡々と時が流れていくって感じでしたよね。私が出来ないと「シーン」としちゃって、みんなが私を見ている、その怖さ。でも、だんだんだんだん自分が田中小春になっていっているような気になってきたっていう。映画には映っていないけど、自分が経験している映画マジックっていうか。そういう役だったっていうのもありますけどね。

関わっていきたいもの

切通 最初のころと、ここ数年では演技の質も変わってきたという感覚はありますか。

有森 どうかなあ。やっぱり自分がやりたいなと思った作品、この監督さん面白そうだなと思った人たちに関わっていきたいという気持ちの方が大きくなってきたのかな。そうじゃないと出来できないような作品に出てきたと思います。この何年間は、ポーンってオファーが来たっていうよりも、関わり合いの中で作られてきたっていうようなかたちです。

切通 片嶋一貴さんの作品もそういう感じの取り組みですか。

有森 片嶋監督も最初は『小森生活向上クラブ』(08年)という作品で、当時同じ事務所だった栗山千明さんにオファーがあったんですよね。古田新太さんの初めての映画主演作品だったんです。それで奥さん役があったので、「有森どうですか」っていう売り込みをして、やらせていただいたんです。そこからですね、片嶋監督とは。
 『たとえば檸檬』(12)も、あれはオリジナルで、当て書きで役を作っていただいた作品ですけど、その次が『TAP 完全なる飼育』(13)、そして『いぬむこいり』。

切通 回を追うごとにがっちり組んでやっておられるような。

有森 何かに似ている映画とかじゃなくて、今じゃなきゃ出来ない、ここじゃなきゃ出来ないという機会に恵まれて。『いぬむこいり』も裸のシーンがあって、プロポーションの問題とかもあるし、あの時にやらないと出来ないっていうようなタイムリミットですよね。ラッキーと言えばラッキーですよね。
 上西さんも『いぬむこいり』のおかげで知り合ったので。

切通 最後に、読者の皆さんに向けて、メッセージお願いいたします。

有森 私は完成した『ねばぎば 新世界』を観て、「あきらめちゃいけない。ネバーギブアップだ」って叫んでるシーンでハッとさせられて。映画自体は2年前に撮ったんですけど、いまコロナ禍で前に進みたくても進めない、心が折れちゃうようなつらい状況の中でも、勇気を持ってもらえる映画になったんじゃないかって。最終的には人が人を救っていくんだなあ、癒していくんだなあって。そういうものがわかる映画になっていると思いますので、ぜひ観に来てください。


有森也実 ありもり なりみ

1986年、小中和哉監督『星空のむこうの国』で初主演。同年山田洋次監督の映画『キネマの天地』で日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ多くの映画賞を受賞。91年には伝説のドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)でカンチ(織田裕二)とリカ(鈴木保奈美)の恋を邪魔する関口さとみを演じる。2002年、映画『新・仁義の墓場』(三池崇史監督)でヤクザの情婦で覚せい剤中毒の役を演じ、近年では人間の裏表を演じ切る姿が注目される。2017年には4時間超の映画『いぬむこいり』(片嶋一貴監督)で主演。2020年にはデビュー以来37年間在籍した事務所を離れて独立。
 

『ねばぎば 新世界』

7月10日(土)より新宿K's cinemaほかにて公開中 全国順次公開
赤井英和 上西雄大 田中要次  菅田俊 有森也実 小沢仁志 西岡德馬
監督・脚本・プロデューサー:上西雄大 
制作:10ANTS 
配給:10ANTS 渋谷プロダクション
2020/JAPAN/Stereo/DCP/118min

公式サイト:http://nebagiba-shinsekai.com/
公式ツイッター:https://twitter.com/nebagibamovie
 

※本記事はメルマガの記事から再構成したものです。完全版は、『映画の友よ』第178号でお読みくだされば幸いです。
https://yakan-hiko.com/BN11019

切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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