高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

バルセロナという街の魅力

高城未来研究所【Future Report】Vol.731(6月20日)より

今週は、バルセロナにいます。

今年も本格的に夏がはじまったバルセロナですが、「5月40日までは(冬の)上着を脱ぐな」と古くから言われておりまして、この「5月40日」というのはカタルーニャならではのカレンダー上に記載された特別な日付などではなく、6月10日ごろまでをさす季節替わりの絶妙なタイミングを示していることわざです。
記憶に残りやすい日付の言い回しには、徐々に暖かい日が増えても、6月上旬頃までは天候が不安定で急に寒の戻りがあるため、完全に衣替えをしてしまうのはまだ早い、という昔からの知恵が込められています。

ただし、近年の気候変動の影響で、年によっては5月から夏のような暑さになることもあり、必ずしも古い教え通りとは言えなくなってきていますが、地元の人たちはこの原則を忠実に守り、6月10日ごろまで暑い日でも必ず手に上着を持っているのが、ローカルの証です!

そんな6月10日を過ぎた今週は、いよいよ本格的に夏がはじまる時でもあります。
あわせて、ツーリストが大挙して押し寄せるシーズンでもあり、近年はこの素晴らしい気候を求めて世界中からゲストが急増中。つい数年前まで滞在数日の短期旅行者か、一年以上に及ぶ移住者の二者でしたが、いまはデジタルノマドに代表される数ヶ月単位で滞在する人たちが著しく増えるようになってきました。

パンデミックが世界の姿を不可逆的に変えてから数年が経過し、働き方、暮らし方、そして「場所」という概念そのものが、根底から問い直されつつある現在。かつては一部のギークや起業家の特権であったリモートワークは、今や企業の標準装備となりつつあり、それに伴い「どこで働くか」は「どう生きるか」という、より根源的な現代人の問いへと進化かつ深化しはじめています。

なかでもアメリカ人のデジタルノマドが急増しています。
現在の米国は、深刻な政治的分断、急激なインフレ、都市部の治安悪化、そして高騰し続ける医療費や教育費といった数多くの国内問題を抱え、未来に希望を見出せなくなった一部の富裕層から中間層までもが、安息の地を求めて国外へ脱出する「アメリカン・エクソダス」とも呼べる現象が起きています。

特にトランプが再当選して以降のこの半年は顕著であり、問題は、彼らが潤沢な米ドルを手にバルセロナの物価水準を大きく押し上げていることにあります。
すでにデジタルノマドビザの最低収入も月額2400ユーロから2800ユーロまで上がっており、滞在したり住むためのコストが1.3倍から2倍近くまで値上がっているのは本当に困った問題です。2年前にオーバーツーリズム関連の取材時も感じましたが、その後もホテル代と観光ガイド、通訳などの外国人向けサービスコストは年々高まっています。

それでも米国はもとより、ロンドン、パリ、東京といった主要都市と比較すれば、バルセロナの生活コストは依然として低く、特に、新鮮な食材が手に入る市場(メルカド)での食費や、日常的に利用するバルでの飲食費は驚くほど安価です。

現在、デジタルノマドの収入面でも明確な二極化が進んでおり、年収25,000ドル未満のノマドが17%存在する一方、75,000ドル以上のノマドが46%を占めており、高収入層のノマドは「ジオアービトラージ」と呼ばれる手法を活用し、収入の高い国で仕事を受注しながら、ノマドならではの税制メリットをふんだんに使って、実質的な購買力を最大化しています。

ただ、個人的にはコスト面より、この街でしか得られない時間感覚に長年魅力を感じています。午後1時から4時のシエスタ(バルセロナで「午後イチは、16時半です!)、夜10時から始まるディナーや週末のビーチでの長い午後(サンセットが21時半です!)などなど、この地中海的な時間感覚が、デジタル時代の過剰な速度に疲れた人々に、人間らしいリズムを取り戻させていると実感するところです。

また、バルセロナが常にデジタルノマド世界ランキング上位に入る理由は、何よりもその気候的優位性にあります。地中海性気候により年間を通じて温暖で、320日以上の晴天日数を誇るこの都市は、北欧の厳しい冬や日本の蒸し暑い夏から逃れたいリモートワーカーたちにとって理想的な環境を提供しています。
僕自身、カビに弱い体質もあって、過去10年の睡眠状態を調べると、圧倒的にカビが少ない地域のほうが安眠をもたらしています。

さらに、海から歴史的建造物まで徒歩圏内にあるコンパクトシティである点や、歩行者優先なまちづくりも大変魅力です。

いま、人類史上初めて「どこで暮らして、どう生きるか」を真に選択できる時代に誰もが生きており、それまで多くの日本人が考えもしなかった「仕事は人生の一部であって、人生そのものではない」という新しい価値観を問う時となりました。

「どこで暮らして、どう生きるか」。

ある日、誰もがいままで単に社会(幻想)のレールに乗せられた人生だったとふと気がつきます。

この街の本当の魅力は、実は多くの気づきを人々に与える(目を覚させる)ことにあるのではないか、と考える今週です。

日々是好日。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.731 6月20日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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