高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

深い覚悟の上に成り立つ日常の営み

高城未来研究所【Future Report】Vol.766(2026年2月20日)より

今週は高雄にいます。

台湾の南部に位置するこの大都市は、中国本土に最も近い緊張感高まる場所として知られていますが、今は春節の賑わいに包まれ、平穏な日々が続いています。街中では赤い提灯があちこちに吊り下げられ、市場では新年の飾り物やお菓子が山積み。今週16日は、旧暦の大晦日(台湾では「除夕」)にあたり、翌17日の火曜日が旧暦の元旦「初一」です。中華圏ではこの時期を「春節」と呼び、普段は賑やかな高雄の街も、少し静かで温かな雰囲気に満ちています。

台湾の春節は、単なるお正月ではなく、家族の絆を深め、幸運を祈る特別な行事です。大晦日の前日から準備が始まり、まず、家族全員で大掃除をします。これは「除旧布新」と呼ばれ、古いものを掃き出して新しい年を迎えるという意味があり、高雄の住宅街では、窓やドアを拭き、床を掃除する人々の姿が見られます。
掃除が終わると、ドアに赤い対聯(ついれん)を貼る風習があり、対になる詩句が幸運や繁栄を願う言葉で書かれています。例えば「年年有余」(毎年余裕がある)という言葉は、魚の絵と一緒に飾られることが多く、なぜなら「魚」の発音が「余」と同じだからです。このような言葉遊びが、より一層台湾の春節を楽しくしています。

大晦日の夜には、花火と爆竹の音が街を響かせます。台湾の春節では、悪霊を追い払うために爆竹を鳴らす習慣があり、また、日本との大きな違いのひとつが、お年玉を渡すタイミングです。台湾では「紅包」と呼ばれるお年玉を、元旦ではなく大晦日の夜に渡します。しかも、大人から子供にあげるだけではありません。社会人になった子供が、親に対して紅包を渡すのです。「ここまで立派に育ててくれてありがとう」という感謝の気持ちを、赤い封筒に包んで手渡す。年に一度のこの儀式が、台湾では成人の証とされています。
レストランで同席した台湾人家族に聞いたところ、「親への紅包は最低でも6,000元(日本円で約3万円)、できれば1万元以上は包みたい」と教えてくれましたが、実際は金額の多寡よりも、その気持ちが大事だとの事でした。
廟では線香を焚き、家族の健康や平和を祈ります。台湾の春節は、仏教や道教の影響が強く、こうした宗教的な行事が多いのが特徴です。また、元旦から数日間は、親戚回りをする「拜年」(バイニェン)が続きます。

こうした賑やかな春節の裏側で、高雄の人々は常に中国本土の影を感じています。高雄は台湾で中国本土に最も近い大都市で、福建省の厦門(アモイ)までわずか数百キロメートル。街の港からは、中国の船影が見えることもあり、この位置が高雄の人々に独特の緊張感を与えています。
台湾国防部傘下のシンクタンクである国防安全研究院(INDSR)が2024年9月に約1,200人を対象に実施した世論調査によると、今後5年間に中国が台湾を侵攻する可能性は「低い」または「非常に低い」と回答した人が約61%に留まっています。
つまり、6割以上の台湾人が、近い将来の侵攻は起こらないだろうと見ていますが、一方、今後5年以内に中国の侵攻が起こる可能性を「あり得る」と考えている人は約35パーセント程度いることも見逃せません。

さらに注目すべきは、2025年6月に実施された別の調査です。台湾在住のライターが1,560人の台湾市民を対象にオンラインアンケートを行ったところ、「中国との開戦危機が以前より高まっていると感じる」と答えた人が88.9%にまで高まりました。しかも、88%が万が一の戦争に備えて何らかの準備をしていると回答しています。
避難場所の確認、物資の備蓄、防災訓練への参加が主な内容で、特に「黒熊学院」という台湾最大の民間防衛教育組織の講座を受講したという回答が突出して多かった結果が出ました。この黒熊学院は2021年に設立され、3年間で10万人以上が受講。受講者の65%が女性で、2歳から88歳まで幅広い年齢層が参加し、もし実際に中国が攻めてきた場合、「台湾のために戦う」と答えた人は67~68%に達しています。
米国防総省が2025年12月に公表した中国の軍事力に関する年次報告書では、中国が2027年までの台湾侵攻を可能にするための軍事力整備を「着実に進展」させていると指摘しています。

しかし、高雄の人々と話していて感じるのは、この問題に対する独特の距離感です。中国侵攻の話題を振ると、多くの人が「そうだね、可能性はあるかもしれない」と認めつつも、すぐに「でも今日は春節だから、まずは火鍋を食べよう」と話題を変えます。
これは無関心ではなく、むしろ深い覚悟の上に成り立つ日常の営みなのだと思います。88%の人が有事への危機感を抱きながら、同時に家族と食卓を囲み、紅包を渡し、爆竹を鳴らして、新年を祝う。脅威を認識した上で、それでも日常を丁寧に生きる。これこそが迫り来るかもしれない台湾の人々の強さなのかもしれないな、と感じる今週です。

ここは、いまだに国ではありません。台湾を正式に「国家」として承認し外交関係を結んでいる国は、現在わずか十数カ国にとどまります。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.766 2026年2月20日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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