小寺信良のメルマガ『金曜ランチボックス』より

持たざるもの、という人生

学歴とは無縁の世界で生きることになった

今日はわりと重い話をすることになるわけだが。

なんだかんだ言っても日本は豊かでありちゃんとした国なので、職業選択の自由があったり欲しいモノはお金があれば誰でも売ってくれたりする。そんな当たり前の幸せの中にいて、うっかりするとみんな公平だよね、平等だよねって思っちゃうわけど、時としてナチュラルに差別を受けたりする。多くの人はそうではないかもしれないけど。

僕は自分の職業、というか生きる道として、音楽と技術の中で生きていきたかった。そう決心したのは、高校3年の比較的早いうちだったろうと思う。進路どうするんだ、大学どうするんだってまわりからじわじわと固められていき、このままだと後ろから押し出されるところてんのようにみんなそれぞれの型に切り取られて大学に押し込まれていくことになるのは想像していた。僕の通った高校はそれなりに進学校で、担任も自分のクラスの生徒をなるべく上の大学に押し込むことを自分の使命だと思っていたようだ。

自分で音楽を作って食っていくのが夢ではあったのだが、そんなことを教えてくれる大学などなかった。理系だったので、今さら進路を変えて音大に行くのも難しかった。

お前は何がやりたいんだ、と担任に問い詰められ、自分は何になるんだろう、何が好きなんだろうと考えを巡らせたわけだが、ミュージシャンになるなんてのはまああまり現実的とは言えない。当時僕は買ってもらったオープンリールのレコーダを使って多重録音しながら音楽を作っていたのだけど、こういうのを職業にできたらいいな、と思った。デタラメに色々試して失敗することも多かったし、上手くレコーディングできるようになりたかった。レコーディング技術を勉強したい、そんな中で選んだのが、音響工学系の専門学校だった。

担任にも、両親にも反対された。せっかく受験して進学校に入って、そこそこ成績もいいのに、なんで専門学校なんか、と言われたものである。だが自分には、大学のパンフレットに描かれている、芝生のキャンパスに仲間が輪になって語り合う的な世界観に、どうしても馴染めなかった。その先に何があるのか見えなかったし、自分がそこに居てどうするのか、どんな役割なのかも想像できなかった。

担任や学校はどうしても納得できなかったようだ。この学歴社会の中でどうやって生きていくだ、もうそれで人生が決まってしまうんだぞ、と言われた。僕が高校を出たのは1982年のことで、当時からもうそろそろ学歴社会から脱却しなければならない的な論は出始めていたが、まだまだ現実には、特に九州の田舎では学歴がものを言う社会であったのは事実だ。

一応やる気もなく大学も受験してみたが、失敗した。親は最終的には諦めて、じゃあ好きにしろ、と折れた。こうして僕の人生は、学歴とは無縁の世界で生きることになった。

これまで生きてきて、学歴、すなわち大卒ではないということが障害になったことは、あまりなかった。テレビ技術者の世界では、学歴が問題になるのは最初の就職の時ぐらいで、あとは仕事のキャリアによって格付けされてゆく。会社を変わっても、結局前職でのキャリアで給料やポジションが決まってきた。

フリーランスとなれば、なおさらである。仕事は前職からの顔で繋いでいき、仕事が来るかどうかは腕次第だ。当初めざした音楽の世界ではなかったが、幸いなことに手先が器用だったことや物覚えがよかったこともあって、映像技術者としてはそこそこうまいこと渡ってきたのではないかと思う。

家を借りるときも、車を買うときも、大卒じゃないと困りますと言われたことはなかった。当たり前だけど。講演を頼まれるときも、テレビに出演したときも、大学はどちらですかと聴かれたことはなかった。いや話の余談として聴かれたことはあったけど、大学を出てないという理由で断わられたり、二度と呼ばれなくなるということもなかった。大学教授や弁護士先生から、専門家の立場で相談に乗ってくれと言われたときも、あっ大卒でないなら聞いてもしょうがないですね、と言われたことはなかった。もうお会いすることもないでしょう、と言われたこともなかった。

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