元卓球世界王者・山中教子の必勝の方程式

人生を変えるゲームの話 第2回<一流の戦い方>

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人はなぜゲームに心惹かれ、ゲームに人生を見ようとするのか。「卓球王国」と呼ばれた時代に世界にその名を轟かせた元卓球世界王者・山中教子氏によるゲームと人生を巡る哲学、第2回は、一流のアスリートがどうゲームを戦っているのかをひもときます。

<第1回「負ける」とは「途中下車する」ということ>はこちら

 

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一流はゲームの「ストーリー」をアグレッシブに作っていく

ゲームの間に超一流の人達がやっていることは、頭の中を整理して、ゲームのストーリーを構築していくことです。勝負ですから、自分の思い通りにはいきませんが、相手の言い分、相手のプレーも計算に入れながら、最終的に自分が勝つ「景色」を作って行く。ストーリーを組み立てていく。それが、ゲームに強い人の戦い方なんです。

ゲームのストーリーを書くのは、言葉で小説を書くのと似ている部分があります。ただし、決定的に違うのは、ゲームの時間は「後戻りができない」ということです。ゲームの時間というのは、決して後戻りすることはできません。文章であれば、たとえ間違ったとしても気付いた時に直せば良いですね。でも、ゲームのストーリーは途中から書き直すことはできない。ですからいつでも「今」から「未来」に向かって、ストーリーを書き続ける必要があるんです。

そこで大事になってくるのは、「アグレッシブ」な心境を持つことです。

「アグレッシブ」(aggressive)という単語の原義は、「目的に向かって一歩一歩進んでいく」という意味だそうです。じゃあ、ゲームの「目的」ってなんでしょう? それは勝つにしても、負けるにしても、ゲームセットの瞬間に向かっていくということですね。自分が勝ってゲームが終わる瞬間へ向けて、常に頭を働かせて、ストーリーを構築していく。それが、「一歩一歩進んでいく」ということです。

アグレッシブな気持ちを持ち続けられれば、ゲームを最後まで戦い切ることができます。結果として、自分が負けてしまったとしてもいいんです。ゲームセットの瞬間まで、きちんと心を整えて、目的に向かって進もうとしていれば、終わったときに必ず、自分にとっての収穫があるからです。

私はこういうアグレッシブな姿勢を「必勝の姿勢」と呼んでいます。「必勝」というと必ず勝たなければいけない、という意味に取る人もいるんですが、そうじゃない。必勝の姿勢とは、「ゲームセットのその瞬間まで、ゲームという電車から降りないで乗り続ける」ということなんです。そのためには常に、目的に向かって一歩ずつ歩みを進める、アグレッシブな心境であり続けることが必要なんです。

 

思い通りにはいかない

ゲームには必ず「自分」と「相手」がいます。「相手」がいるということは、自分の思い通りにはいかないということです。

もし、私がゲームで勝つためのポイントをあげろと言われたら2つのポイントを挙げます。1つは「自分の思い通りにすること」。そしてもう1つは「相手の思い通りにさせないこと」です(笑)。

でも、相手の人も、自分の思い通りにしようとするし、こちらの思い通りにはさせないように作戦を立ててきますから、そう思い通りにいくことはありませんね。ゲームというのは、自分勝手なストーリーは通用しないんです。

言い換えれば、ゲームのストーリーというのは常に、対戦相手との「共同作業」によって作られる、ということです。

勘違いしてほしくないのですが、「共同作業」といってもは相手と「協力し合う」ということではありません。「一緒にやっていきましょうね」「お互い打ちやすい所に返しましょうね」というのではなく、むしろ互いにアグレッシブに、相手の弱い所、相手の予想を裏切る所を攻め合っていく。それに自分が、どう対応していくか。その結果として、ゲームのストーリーが立ち現れてくる。そこに、ゲームの本当の面白さがあると思うんです。

これはスポーツであっても、将棋や囲碁であってもおそらく同じだろうと思います。将棋や囲碁には、いわゆる「定石」がありますが、実際のゲームは「定石」通りには決して進みませんね。それは、互いに相手が考えている「定石」を読んで、思い通りにさせないように、「定石」から外れるように、自分の手を決めていくからです。これが、あらゆるゲームの世界で起こっていることです。

だからこそ、ゲームに勝ちたければ、常に「相手を認識する」ことから入る必要があります。ここは重要なポイントです。ゲームに強い人は自分ではなく、相手から入る。相手がどんな人で、どんな技が得意で、今どんな手を使おうとしていて、どのような心理状態でいるのか、これらを注意深く観察して、認識しなければいけない。

ところが多くの人は、ゲームの中でつい「自分」のことばかりを考えがちです。「負けるかもしれない」という思いや、自分の得意、不得意ばかりに捉われてしまい、相手が全く見えていない。でも本当は、「自分」という存在も、「相手」があって初めて成り立つものなんです。自分の強みや弱みというのは、相対的なものです。相手と比べたときにはじめて、自分の強みは何なのか。相手の得意な技を封じるために、自分に何ができるのか。「相手認識」があるから、「自分」というものが浮き彫りになるんですね。

 

相手の予測を裏切る、自分の得意を捨てる

ここでひとつ例をあげましょう。1956年に東京で行われた世界選手権の男子団体決勝、日本がドイツと対戦したときのことです。日本は、あと一人が負けたらチームも負け、という状況に追い込まれました。次の試合、日本は田中利明選手、ルーマニアはガントナーという選手でした。

試合はガントナー選手が優位に進みました。当時は1セット21本先取だったんですが、とうとう14-20、あと1点で負ける、という所まで田中選手が追いつめられました。

このとき田中選手がとった作戦が見事でした。相手の「心理」を読み、予想を裏切る作戦をとったんです。

田中選手の得意なサーブは、バックスピンが非常に多くかかった「切れた」サーブでした。ところがこの状況で、田中選手は敢えてスピンのかかっていない「切れない」サーブを徹底して、連続して出したのです。相手のガントナー選手は連続してポイントを奪われますが、「次こそは、得意の切れたサービスがくるはずだ」という思いを捨てることができなかった。その結果、見事に予想を外され、甘い返球になったところを田中選手がスマッシュで次々と決めていくという展開になりました。

そしてついに20-20まで追いつき、奇跡的に田中選手が逆転勝ちしたのです。

この田中選手の大逆転劇は、正確な「相手認識」があってこそ、生まれたものだったと私は思います。

そしてもうひとつ、ここには「ゲームに勝つ」ということを考える上で、大事な要素が含まれています。それは、時には自分の得意な部分をあえて捨てることが、有効な戦略となることもある、ということです。

私は現役時代、トップスピンの効いたロングサーブを出して、スマッシュしていくのが得意でした。ところが、あるとき対戦した相手には、私の出すロングサーブが全く効かなかった。そのとき私は、「いつも通りロングサーブを出していては、自分が勝つストーリーにはならないな」、そう感じたんです。

そこで私は、ロングサーブを1本も使わずに、短いカットサーブだけを使うことにしました。自分の得意な戦術を使わないわけですから、自分もやりにくい。でも、相手もそれ以上にやりにくかっただろうと思います。

なぜなら、相手は私が「得意のロングサーブを使ってくるだろう」という前提で作戦を考えていたからです。そして、一向にロングサーブを出さない私に対して、相手のは自分の思い描いていた「ストーリー」を捨てられず、ついに自分から調子を崩してしまった。結局、その試合は、自分が得意とするロングサーブを一切使わず、カットサーブだけで勝ってしまったのです。

1957年の世界選手権ストックホルム大会の団体決勝のダブルスでも、似たようなことがありました。私たちは最終的に3−0で勝って優勝することができましたが、このダブルスを落としていたら、もしかすると優勝を逃していたかもしれない、そういう大事な試合です。

私は昔からダブルスには自信がありました。左利きということもあって、レシーブから打っていくのが得意だった。ところがそのときペアを組んだ深津さんという方との相性を考えると、私がレシーブから打ってしまうと、その後のラリーが自分たちに不利な展開になってしまうことに気づきました。

私は深津さんの攻撃を生かすため、レシーブから打つことを「捨て」ました。その代わり、打つ「ふり」をして、カットでレシーブすることに徹しました。「勝つためにはこれしかない」と考えて選んだ私たちの作戦に、相手は意表を突かれたようでした。結局私たちが勝って、優勝することができたんです。

こうした例を見ていくと、ゲームで勝つということは、単純に「自分の強みを相手にぶつけていく」とか「相手の弱みをついていく」ということだけではない、ということがわかりますね。ときには自分の得意なところをあえて捨て、相手がまったく予想しないストーリーを描くことによって勝つことだってできるんです。

それまで練習野中で苦労して磨いてきた自分の得意な技を捨てるのは、勇気がいることです。でも、ゲームの中で「捨てなければ勝てない」ことがはっきりとわかれば、捨てることができる。中途半端な気持ちで捨てるのは単なる「弱気」ですが、確信を持って得意技を捨てることは、アグレッシブにゲームに取り組んでいくうえで、非常に大切なポイントだと思います。

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相手認識のある「技」

自分の「得意技」を捨てることができず、こだわり続けてしまうという人は、一度自分の「技」や「技術」について、これまでお話ししてきた「ゲーム」という観点から捉え直してみるとよいかもしれません。

ゲームのストーリーというのは、対戦相手との共同作業によって作られます。ということは、「相手を認識すること」がゲームのスタートラインだということです。このことを理解すると、ゲームの「戦い方」がわかるだけではなく、フォアハンドやバックハンド、スマッシュやドライブといった「技」や「技術」の捉え方が変わってきます

それは一言で言えば「相手がまず先にあって、その後に自分の技がある」ということです。これも、私にとっては当たり前のことなんですが、多くの人が間違った認識を持っています。相手の出すボールのことを考えずに、ただ「自分の得意技」を磨こうと考えている人が多いんです。でも、技というのは、常にゲームの中で、相手の打ったボールに対して使うものですね。

マシーンや多球練習で、どれだけ速いスマッシュが打てるようになったとしても、「相手のボールに合わせて臨機応変に対応できる打ち方」を学ばなければ、試合でその技を使うことはできません。コースを決めて、ひたすら同じフットワークのパターンを繰り返す練習などが典型的ですが、そういう練習は「ゲーム的な技」につながらないでしょう。ゲームの中では、自分の思った場所に相手は打ってくれませんからね。

アープ理論が卓球の身体運動をひもといたのも、ゲームの中で使える技を磨くためです。相手のさまざまなボールに自由自在、臨機応変に対応できるような「技」を磨くためには、ベースとなる身体運動からはできる限り無駄をなくし、シンプルにしておく必要がある。軸・リズム・姿勢という三要素にシンプルに整理したのは、そういう理由なのです。

ゲームに対応するためには、常に「相手認識」に基づいた練習で、技を磨いておく必要があります。それは結局のところ、相手がどこに、どのように打ってきても対応できるようにしていく練習です。たとえば、自分のコート全面にランダムに返球してもらい、それに対応していく。ある程度コースを決めるとしても、何本かに一本は、決められたコースとは違うコースに返してもらう。こうした練習なら、常に「相手」を意識しなければなりませんから、実践に則した技を磨くことができます。

もちろん、「フォアクロスのラリー」のように、相手のボールやコースを決めて練習する場合もあります。しかしその際も、あくまでも「相手に合わせた技」という「全体」を把握した上で練習している意識が絶対に必要です。それは、「全体」を更に良くしていくために、「部分」を取り出して、磨いていく練習です。そういう認識なく、単に「部分」の練習そのものを目的にする練習は、決してゲームの役には立ちません。

逆に言えば、「相手認識」を持ったうえで技を磨く、ということさえできていれば、あとは自由なんです。思い切りスマッシュも打ちたいでしょうし、カウンターも打ってみたい、優雅なカットもしてみたい、いろいろとやりたいことがあるでしょう。「相手認識」からスタートした技であれば、どんな技でも、きっとゲームで使うことができるようになるはずです。

<第2回ここまで>

 

※アープ理論(ARP理論):元卓球世界王者、山中教子が提唱する卓球の身体運動理論。軸(Axis)、リズム(Rhythm)、姿勢(Posture)の三要素から、無理なく、無駄なく、もっとも効率的に身体運動を整理、卓球を総合的かつシンプルに捉えなおす。オリンピック代表の藤井寛子選手、石川佳純選手といったトップアスリートや、岸川聖也選手の指導で知られる石田眞行氏(石田卓球クラブ代表)らの指導者から多くの支持を集める。詳細→アープ卓球カレッジ http://arp-theory.com/

→DVD『軸・リズム・姿勢で必ず上達する 究極の卓球理論ARP(アープ)

 

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