※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2016年3月25日 Vol.075 <ほんとうのなにか号>より
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厳粛な式典に鳴り響く「あの音」
先日、娘の小学校の卒業式があったので、出席してきた。参加者は保護者限定、幼児の同伴は不可という、厳粛な式典であった。もちろん、先生方も保護者も卒業生も、フォーマルな服装で臨んでいる。
卒業生は一人ずつ登壇し、名前を呼ばれたら大きな声で自分の夢や目標を発表し、校長先生から賞状をいただく…のはいいのだが、子供が一人ずつ呼ばれるたびに、保護者席のあちこちで、ピロリーンとかポリプロピレーンピレンピレンとかいう音が聞こえる。ビデオカメラの起動音である。厳粛な式典ゆえに、一眼カメラのシャッター音すら憚られる状況で、この音の間抜けさといったらない。
起動音ぐらい切っとけよ、と思うのは簡単だ。だがこの話は、案外根が深いんじゃないかと思い直した。
一眼カメラではなくビデオカメラにしたのは、そっちの方が無音で撮影できるから、という配慮もあったかもしれない。静かにしようという気はあるのだ。
だがひさしぶりに持ち出したビデオカメラで、そんな派手な起動音がすることをすっかり忘れていたということなのかもしれない。ビデオカメラの設定メニューがわからず、動作音を消すことができなかったのかもしれない。あるいはビデオカメラの設定メニューなど、一度も触ったことがないお母さんもいるのだろうと思う。設定によって音が消せるということを知らないということも考えられる。
運動会では問題ない。周りもうるさいから、誰も気にしないのだ。だが式典や音楽会では困る。スマートフォンの電源を切るようにはアナウンスされるが、ビデオカメラの起動音を消せとまでは、普通は言われない。
実は筆者も起動音で失敗したことがある。2014年に民放連の技術発表会に取材で出席した際、行きがけに発表記録用として、ソニーのアクションカム「HDR-AS100V」を購入していった。すでに最初の発表は始まっていて、後ろの席に静かに着席し、箱を開けてカメラを起動したら、盛大に「ポリプロピレーンピレンピレン」という起動音が鳴り響いて、一斉に注目を浴びたことがある。出席者は全員テレビ技術者なので、これは超恥ずかしかった。
デフォルトで起動音が全力で鳴る仕様というのは、本当にやめてほしい。
いつからあった? 目的は? 起動音の謎
そもそも、ビデオカメラはいつから起動音を発するようになったのか、定かではない。うちで最初に購入したビデオカメラは、1996年発売のソニー「DCR-PC7」であったが、おそらくその時も何らかの起動音はしていたような気がする。
起動音が必然である理由も、よくわからない。デジカメの方は伝統的に起動音がしないので、これはビデオカメラ独特の慣習であるように思う。おそらく想像だが、デジカメの場合は電源を入れればレンズが出てくるといった物理的アクションが起こるのに対し、ビデオカメラはそういうアクションがないから、という理由は考えられる。
ソニーのハンディカムでは、2008年の「HDR-TG1」のあたりから徐々に、電源ボタンを使わなくても、液晶の開閉だけで電源が入るようになっていった。携帯電話的な動作を取り入れたものである。これ以降、他社でも液晶の開閉で電源が入るタイプが増えたこともあり、起動したことをユーザーに知らせる必要性があるということかもしれない。
だが、液晶を開くというアクションを行えば、ユーザーの視点はまず液晶画面に向けられる。起動するとすぐにメーカーロゴが表示されるわけだが、それによりカメラが起動したことは確認できるはずだ。もちろん、起動すればどこかのLEDが緑に光るとか、音以外にも起動中を知らせる表示は多い。今となっては、音で起動を知らせる積極的な意味というのは、失われている。なければ困るというものではなく、今となっては大きなお世話な機能になってしまっている。
フォーマルな席での「起動音問題」は解決可能なのか
フォーマルな席でビデオカメラ起動音は、もはやトラブルの元だ。この状況が続けば、やがてフォーマルな式典でのビデオカメラ撮影は禁止され、ますますビデオカメラの必要性は失われていくだろう。すでに現在も、スマートフォンでの撮影は禁止する式典は存在する。今回の卒業式でもそのようにアナウンスされた。日本独自仕様である、シャッター音が消せないからだ。
では、この問題をどのように解消するか。マニュアルの最初に書いておくという解決法は、無駄である。なぜならば、多くの人はマニュアルなど読まずにすぐ使い始めるからだ。現在スマートフォンのような複雑な機器ですら、マニュアルが存在しない。使いながら覚えるのがデフォルトとなりつつある。そういうITリテラシーの中で、紙のマニュアル読んどけ、という対応は意味がない。
これはもう、各メーカーがデフォルトで音が鳴らない設定で出荷する以外にないだろう。どうしても起動音が必要だ、これがないとテンション上がらないという人のみ、設定変更で起動音を出すようにすれば良い。
とはいえ、おそらくもうそのような方法を取っても遅い。なぜならば、動画の記録はもはやスマートフォンやデジカメで行なうものになっており、ビデオカメラ市場というのは風前の灯だからだ。数年前なら子供の誕生や入園・入学のタイミングでビデオカメラを購入したものだろが、もはやそのような習慣は失われつつある。
つまり、新モデルでいくら無音にしても、フォーマルな式典でポリプロピレ~ンピレンピレンが響き渡る現象というのは、今消費者の手元にあるビデオカメラが朽ち果てるまでなくならないということである。
これから中学、高校の卒業式でもずっとイライラさせられるというのは、ビデオカメラ業界に長年かかわってきたものとして、やりきれない思いである。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2015年3月25日 Vol.075 <ほんとうのなにか号>目次
01 論壇【西田】
GDC取材で考えた「VR」の本質
02 余談【小寺】
ビデオカメラの起動音、いる?
03 対談【小寺】
NexTV-F事務局長に聞く、4Kコピー禁止の真相(3)
04 過去記事【西田】
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。
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