泣き崩れた父親
ただ、それ以上に悩ましいのは貴殿が納得できていないこと、自分が軽視されたと誤解をしていることです。もし、貴殿を本当にお父様が評価せず、人間として嫌いで、まったく財産の分与をしたくないという話であれば、会社から放逐してもおかしくないですし、それ以上に、会社の株式どころかお金も不動産も相続放棄するよう求めてくると思います。
しかし、そうはしなかった。理由は、単純に仕事をより安定たらしめるために、貴殿の弟さんの能力がお父様ご自身や社内・取引先等の風評を客観的に見て高いと判断され、また、相続をする兄弟姉妹間で株式が分割されてしまうと企業は簡単に崩壊してしまう可能性があるということで、考え抜かれた結果だろうと思われるのです。
私の友人に、やや貴殿と境遇は似ていますが、兄弟が父親の会社を手伝って入社していました。私は兄弟とも知っていましたけれども、やはり創業者である父親が、次男坊を社長にするという決断を下して長男を干す決定をしました。その後、約半年してから、長男は心を病んで辞職、その翌日に自殺をしてしまったわけですね。
お通夜は参席できませんでしたが、告別式での父親の態度は周囲の冷たい目線にもかかわらず堂々としたものでした。ある意味で、自分の子供の自殺を促した引き金を引いたことになる父親として、反省をしたそぶりも見せないというのはやはり冷酷に見えます。事情は社内はおろか周辺にも知れ渡っていますから、あの人は昔から営業や取引に関しては鬼やったからなーみたいな話を口々にしていたものです。
それから数年経ちまして、社長を継いだ次男氏が結婚をするということで披露宴に呼ばれました。そこで、会長に退いていた父親が、並み居る参列者の前で泣き崩れるわけですよ。自殺した長男がこの場にいないのは誠に嘆かわしいことだ、という呻き泣きをされまして。自殺後は、丁寧に未亡人やお孫さんを父親が面倒見ていたそうですが、まったく想像がつかなかったことに、毎朝毎晩、自殺した長男のことを思って男泣きに泣いていたそうです。
そこには、親子としての情や、年の長幼の重みとは別のところで、事業や組織としてのあり方や、稼ぎ方といった、その人の能力でしか語れない部分もあります。長男か次男かを斟酌してなお、次男に己の築き上げた事業を譲り渡す決断をするというのは、男として、本気で悩み、逡巡し、躊躇した結果だと思うのです。そして、その決断をし、内容を貴殿に伝えると言うのは、文字通り断腸の思いもあったでしょう。

その他の記事
![]() |
成功を目指すのではなく、「居場所」を作ろう(小山龍介) |
![]() |
感度の低い人達が求める感動話(本田雅一) |
![]() |
長寿県から転落した沖縄の光と影(高城剛) |
![]() |
責任を取ることなど誰にもできない(内田樹) |
![]() |
国が“氷河期世代”をなんとかしようと言い出した時に読む話(城繁幸) |
![]() |
議論の余地のないガセネタを喧伝され表現の自由と言われたらどうしたら良いか(やまもといちろう) |
![]() |
日大広報部が選んだ危機管理の方向性。“謝らない”という選択肢(本田雅一) |
![]() |
【号外】「漫画村」ブロッキング問題、どこからも被害届が出ておらず捜査着手されていなかった可能性(やまもといちろう) |
![]() |
弛緩の自民党総裁選、低迷の衆議院選挙見込み(やまもといちろう) |
![]() |
リアルな経済効果を生んだ「けものフレンズ」、そして動物園のジレンマは続く(川端裕人) |
![]() |
宇野常寛特別インタビュー第4回「僕がもし小説を書くなら男3人同居ものにする!」(宇野常寛) |
![]() |
人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である(甲野善紀) |
![]() |
アメリカ大統領選はトランプが当選するのではないだろうか(岩崎夏海) |
![]() |
ひとりぼっちの時間(ソロタイム)のススメ(名越康文) |
![]() |
蕎麦を噛みしめながら太古から連なる文化に想いを馳せる(高城剛) |