小寺信良のメルマガ『金曜ランチボックス』より

就活生へあまりアテにならないアドバイスをしてみる

動き続けてればなんとかなる

その当時、テレビ業界も乗りに乗っていた。衛星放送がいよいよ現実のものとなりつつあったからである。1984年にNHKのBS2aが、86年にBS2bが打ち上がり、いよいよ次は民放の番ということで、業界が一斉に浮き足立った。新しく放送局ができる、しかも全国放送である。「自分たちが放送局になりたい」と考える会社も出てきた。

大手映像制作会社だったテレコム・ジャパンもその一つである。テレビCMからテレビ番組まで幅広く手がけ、優秀な人材も多かった。番組制作会社としては数少ない「体育会系じゃない」雰囲気があり、技術スタッフにも非道なスケジュールを強いたりしないので、評判が良かった。僕もいくつかレギュラー番組を担当したことがある。

ここが衛星事業に乗り出した。確かに制作力はあるが資金力はどうなんだろう、という疑問も当時からあったのだが、やはり1991年の民間放送衛星打ち上げまでは資金が持たず、倒産となった。あの巨額の投資は一体、どこに吸い込まれてしまったのだろうか。今となってはわからない。

イケイケドンドン、に陰りが出てきた瞬間である。そんな中身のない大騒ぎに疲れてしまった僕は、4年ほど勤めたその会社を辞めて、3か月ほど実家に帰った。人相が変わるほど激太りしたのも、このたった3か月の間である。

それで人生どうなったかというと、別に終わったわけでもなかった。その4年間で築いた人脈とか腕とか知恵とか、そんなものを頼りに業界内で生きていくことになった。

「今は時代が違う」と言われるかもしれないが、本当にそうだろうか? やっぱりまず何かしら仕事には「業界」があり、その業界の構造とかルールとか歪みとか、そういうものを最初は勉強して、次の会社なり仕事なりにステップアップしていくものなんじゃないかと思う。人に認められるほどにそこそこ優秀ならば、どうせ周りが放っておかないのだ。

その現場で認められないのなら早々に撤退して、自分のキャリアが求められる新しい業態に飛び込んでみるのがいい。僕がここでこうしてネットのモノカキなどをしていられるのも、映像のプロとしての知識があり、それがちょうどコンピュータの能力向上のタイミングと合致して「ビデオがわかるパソコンライター」が必要とされたから、ただそれだけのことである。

これは「機を見る力」みたいなたいそうなものではない。単に新しもの好きで面白がりで、あれこれ首を突っ込んでみるというだけである。本人が何かしらガタガタ振動していれば、居場所はおのずとできあがってくる。これを「人間ブラウン運動の法則」と言う。いや、今思いついただけですけど。「最初の一歩をどうする」みたいにあんまり構えても仕方がないんじゃないかな、とあまりアテにならないアドバイスをしてみる次第である。

 

<この記事は小寺信良のメルマガ『金曜ランチボックス』より抜粋したものです。ご興味をもってくださった方はご購読よろしくお願いします>

 

[*1] http://www.recruit.jp/news_data/library/pdf/20120425_01.pdf

[*2] http://hosyukakumei.blog.fc2.com/

 

<就活関連でその他のオススメ記事>
僕が今大学生(就活生)だったら何を勉強するか茂木健一郎
ワタミ的企業との付き合い方城繁幸

1 2 3 4

その他の記事

rovi、TiVoを買収して何が変わる?(小寺信良)
出口が見えない我が国のコロナ対策の現状(やまもといちろう)
「なぜ本を読まなければいけないのか」と思ったときに読む話(名越康文)
「身の丈」萩生田光一文部科学相の失言が文科行政に問いかけるもの(やまもといちろう)
「正しく怒る」にはどうしたらいいか(岩崎夏海)
元は取れるのか!? 定額衣装レンタル「bemool」を試してみた(小寺信良)
「疲れているとついイラッとしたり、怒りっぽくなってしまうのですが……」(石田衣良)
中国激おこ案件、でも日本は静かにしているのが正解な理由(やまもといちろう)
「美容手術後の合併症」と医師法改正、そして医療DXと医療提供体制改革(やまもといちろう)
勢いと熱が止まらないマレーシアの経済成長(高城剛)
長寿国キューバの秘訣は予防医療(高城剛)
「高倉健の死」で日本が失ったもの(平川克美×小田嶋隆)
誰かのために献身的になる、ということ(高城剛)
そろそろ中国の景気が悪くなってきた件について(やまもといちろう)
津田大介×石田衣良 対談<後編>:「コミュニケーション」が「コンテンツ」にまさってしまう時代に(津田大介)

ページのトップへ