僕らはみな互いに「影響を与えたい」と思っている
なぜ「身近な人間関係」が高いストレスをもたらすのか。その原因のひとつに、僕らがどうしても、身近な相手を変えたい、コントロールしたい、という強い欲望を抱いてしまうから、ということがあります。
もちろん、「人に影響を与えたい」というのは、僕ら人間が持っている、かなり根源的な欲求のひとつであり、また、その欲求そのものは必ずしも否定すべきものではありません。
仏教では「他人に影響を与えたい」というのは欲であり、煩悩だと考えますが、それと同時に「煩悩即菩提」という言い方もある。これは、「人に影響を与えたいという煩悩があるからこそ、菩提(悟りの境地)への道が開かれる」ということですね。
煩悩即菩提というのは非常に矛盾したことを言っているように聞こえるかもしれませんが、現実の人間関係を見ていると、そういうことはしばしば起きているように僕は感じます。僕なりに解釈するなら、これはたぶん、「人に影響を与えたい」という欲そのものは全否定すべきものではないけれど、その欲求をそのままの形でぶつけても、必ずしも功を奏しないよ、という教えなのだと思います。
例えば子育てでいえば、子どもの成長を願わない親はいませんし、その「欲」は当然、否定すべきものではないはずです。しかし、その「欲」をそのまま実践してるだけでは、子どもの成長をかえって邪魔してしまうこともある。
子供の成長に必要なものをすべて与えて育てようとしたがために、かえって子供の「成長したい」という主体性を押さえ込んでしまうということがあります。あんまり細々としたことに気がつかなかったり、ぼやーっとしてるぐらいの親のほうが子供は「自分でやらなきゃ」と考えるようになる。そのほうが「子供の主体性を育てる」ことにつながることもある。
「良い影響を与えたい」と思ってやったことが、結果として悪い影響を与えてしまうこともあるし、何もしないほうが結果的には良かったということもあるわけです。
図式的ではありますが、少なくとも「人に影響を与えたい」という欲を理想論的、原理主義的に実践しようとするとうまくいかないことがしばしばある、ということは間違いないところでしょう。そのことは、身近な人間関係において怒り(ストレス)が強くなりやすい、ひとつの原因になっていると考えられます。
「教える」ことと「やらせる」ことは違う
「人に影響を与えたい」という欲を、うまく実践に移していくにはどうすればいいか。1つ覚えておくとよい心理学的な知見は<「教える」と「やらせる」を区別する>ということです。
「こうだよ」と相手に伝えたら、その瞬間に、「相手がそれをやるかやらないか」ということへの関心を捨て去る。もし相手が言ったとおりにやらなくてもがっかりせず、「あ、やらないんだな」と割り切って心を切り替える。
「この人にこれは言ってあげよう」と思ったら率直に伝える。でも、伝えたことを相手が実践するかしないかについては、関心を持たない。たったこれだけの心理学的なテクニックであっても、きちんと実践すれば、身近な人間関係で生じるストレスをかなり減らすことができます。
もちろん、人の生死にかかわるようなことや、「このままではこの人、詐欺に引っかかって数百万円失ってしまうかもしれない……」といった緊急性があれば話は別です。相手が聞く耳を持たなくても、一生懸命条理を尽くして説得する、ということもあるでしょう。
しかし、たいていの場合、相手があなたの言うとおりにやらなかったからといって、ただちに大きな危険や害悪が生じることはありません。
僕たちは知らず知らずのうちに、本来別のことであるはずの「教えること」と「やらせること」をごっちゃにしています。教えたからといって相手がやるとは限らないし、やらなければいけない義務もないのです。
「教える」と「やらせる」を意識の中で、丁寧に切り離す。「本当にわかった?」「わかってんの?」と念押しするのもやめる。だいたい、この一言が相手の主体性、やる気を失わせる原因ですから。

その他の記事
![]() |
昼も夜も幻想的な最後のオアシス、ジョードプル(高城剛) |
![]() |
米国大統領とテカムセの呪い(高城剛) |
![]() |
「奏でる身体」を求めて(白川真理) |
![]() |
スマートスピーカー、ヒットの理由は「AI」じゃなく「音楽」だ(西田宗千佳) |
![]() |
シンクロニシティの起こし方(鏡リュウジ) |
![]() |
テレビと政治の関係はいつから変質したのか(津田大介) |
![]() |
なぜ母は、娘を殺した加害者の死刑執行を止めようとしたのか?~ 映画『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』佐藤慶紀監督インタビュー(切通理作) |
![]() |
「テキストをwebで売る」のこれからの話をしよう(小寺信良) |
![]() |
会員制サロン・セキュリティ研究所が考える、日本の3つの弱点「外交」「安全保障」「危機管理」(小川和久) |
![]() |
金は全人類を発狂させたすさまじい発明だった(内田樹&平川克美) |
![]() |
“美しい”は強い――本当に上達したい人のための卓球理論(下)(山中教子) |
![]() |
「歳を取ると政治家が馬鹿に見える」はおそらく事実(やまもといちろう) |
![]() |
沖縄の地名に見る「東西南北」の不思議(高城剛) |
![]() |
液体レンズの登場:1000年続いたレンズの歴史を変える可能性(高城剛) |
![]() |
ドイツは信用できるのか(やまもといちろう) |