小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

iPhone6の画面サイズにみる「クック流Apple」の戦略

「解像度に依存しない描画」へ

既報のように、iPhone 6シリーズでは、iPhone 5s以前の機種向けに作られたアプリとの互換性維持のためにスケーラーが搭載された。スケーラーそのものはAndroidでも使われているが、iPhone 6の場合には、UIまで含めすべて拡大しているところが異なる。

もうひとつ大きなポイントとして、iPhone 6シリーズのスケーラーは単純に大きくするのでなく、「一度大きく描画し、次に縮める」ことで品質を担保している。機種によって異なるが、ディスプレイサイズよりも5割大きな解像度、すなわち、iPhone 5sの3倍のドット数(1242×2208ドット)で内部レンダリングを行い、それをディスプレイ(iPhone 6 Plusの場合で1920×1080ドット)へと適応的に縮小している、ということだ。いったん縮小することで、エッジのぼけやジャギーの発生を抑え、より自然な画質が実現できる。

もちろん、まったくぼけ感がないわけではない。だが、強い不満を感じることはない。ディスプレイの面積が広がった分、文字が大きく見えてしまうため、広さ・解像度を活かせているとも言いがたいが、少なくとも、黒枠ができるよりはいいし、動作しないよりはもっといい。iOS8上で問題なく動作するもの、という条件はあるものの、問題なく過去のアプリも動作する。

 

・左から、iPhone 6 Plus・iPhone 6・iPhone 5sの画像。スケーリングによって拡大されており、実際の画面解像度よりも大きくなっているが、見栄えはそう違和感がない。

 

アップル関係者は「このスケーラーは慎重に開発されており、このクオリティが実現できなければ、ディスプレイサイズの変更も解像度変更も決断しなかった」と話している。

スケーラーはアプリ互換だけでなく、iPhone 6に最適化されたアプリでも使われる。互換モードではiPhone 5sの解像度から拡大後縮小されたが、iPhone 6に最適化されたアプリの場合には、最初から大きなサイズで画面を作った上で縮小表示する。

いったん拡大した上で縮小する、というアプローチは、アップルがマック用のOSである「OS X」で、いわゆるRetinaディスプレイモデルで用いている手法である。

この方法は表示をなめらかにする上でプラスだが、いわゆる「ドットバイドット」表示が難しくなる。1ドットのサイズにこだわってデザインをしても意味はなく、必ず描線は若干ぼける。ドットバイドットの「くっきり感」を最上のものと考えるならば、この要素はマイナスだ。

だが筆者は、ここにこそアップルの「今後の描画アーキテクチャ」に関する決断が現れている、と感じる。

現在、ディスプレイは高PPIであるのがあたりまえになった。300PPIを越え、プリンターでの印刷解像度に近づきつつある。1ドットを視認するのは難しい。だとするならば、すべてを単純な「決まったピクセルの塊」として描画するのではなく、「特定の面積の中でのUIコンポーネント」として描画すべきだ、ということになる。ちょうど、プリンターにおける文字がドットの集まりからベクターベースでの演算に変わっていったことに近い。

そもそも、UIにおいて「解像度に依存しない描画」はひとつの到達点だ。人はドットが見たいのではなく、文字を含む必要なUI要素を見たいだけなのだから。過去、Windowsもマックも、そしてジョブズがアップル復帰前に開発していたNeXTも、ビットマップに依存しないUI描画を目指していた。

それが上手くいかなかった理由は、ディスプレイ解像度と処理速度の両方が不足していたからだ。現在、ディスプレイ解像度は十分になった。処理速度はまだ完全ではないが、カバーしうる領域に入っている。PC(マック)はもちろん、スマートデバイスでもだ。iPhoneでRetinaディスプレイが採用され、iPadが登場したのは2010年のこと。当時のCPU・GPUでは、高度なスケーリングを実現する余裕はなかった。だからこそ、負荷が非常に低い整数倍が選ばれた。だが、4年間での性能向上は20倍から30倍近い。演算器の一部をスケーリングに回しても問題ない。

 

・アップルが会見で示した、CPUパフォーマンスの変化。すべての処理でここまで差があるわけではないが、7年の歳月はプロセッサーを進化させるに十分なものだった。

 

OS Xも、次期バージョンである「Yosemite」でデザインを一新する。今まで以上に「ドット」を意識させない方法論で作られており、Retinaディスプレイでは見栄えがする。「今後はスケーリングを積極的に活用し、ドットバイドットにこだわらない」とアップルが決めたとすれば、それは、ハードの開発自由度につながる。

 

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