慢性的な「ボケ」不足
日本人の会話の定型の一つに「ボケとツッコミ」がある。漫才の歴史の中で練り上げられたメソッドを、誰でも使えるように汎用化、定型化したものだ。これは非常に使い勝手がいい。これを使っていると、誰でも会話が上手くなったように聞こえる。面白く聞こえる。
試しに、相手が何か言った後に「で、オチは?」と言ってみるといい。これだけで、相手はたいていの場合、しどろもどろになる。その様子がおかしいから、周囲もなんとなく「面白いことを言ったのかな」という気にさせられ、笑ってくれる。
これ以外にも「何を言っているの?」「意味が分からない」「興奮しないで」などと言っていれば、とりあえずその会話はオチがつく。丸く収まる。
ところが、この会話の定型があまりにも広まったために、一つのジレンマが生まれた。それは、世の中が「慢性的なボケ不足」に陥ったことだ。上記の会話メソッドは、基本的に「ツッコミ」のものである。「で、オチは?」も「何を言っているの?」もツッコミの言葉だ。そういうツッコミの言葉は、短く、しかもパターンが限定されているため、メソッド化が容易だった。
しかしながら、ボケの言葉はそれほどメソッドが容易ではない。定型化しにくい。それゆえ、ツッコミのメソッドほどには広まらず、両者の間には格差が生まれた。そうして、世の中は慢性的なボケ不足に陥ったのである。
脚光を浴びる「テンネン」と「スベりギャグ」の副作用
そこで一躍脚光を浴びたのは「テンネン」だ。
「テンネン」は、それこそ生まれながらにして「ボケ」のメソッドを身につけている。誰に教えられなくてもボケることができる。だから、ツッコみたくてうずうずしているツッコミメソッドを身につけた人々に、格好の標的とされた。
一方、テンネンの人たちにとっても、それは「渡りに船」なところがあった。世の中にはツッコミの人たちが溢れているから、テンネンを包み隠さず披露すれば、それだけで希少価値が生まれる。ツッコんでもらえ、会話の輪の中にも入っていける。ツッコまれ方次第では、少なからずオイシイ思いもできる。そのため、もともと持っているテンネンの素養をさらに伸張させ、ますますボケるようになる人さえ現れたほどだ。
そういう人は、お笑い養成所に多い。
お笑い養成所に入った若者のうち、面白いことを言えない人たちは、何とか自分のポジションを築こうと焦り出す。そのときに「スベりギャグ」というお笑いの定型があるのだが、それにハマっていくのである。
「スベりギャグ」とは、笑えないことを言ったとき――つまりスベったときに、周囲からツッコんでもらうことで笑いを取る方法だ。これを使えば、ポジションを築けないこともないのである。事実、養成所のライブなどでは、会話の展開に困ったとき、テンネンの人たちがつまらないギャグをやり、そこにツッコむことで笑いを取る、という場面がよく見受けられた。
ところが、そういう「スベりギャグ」を多用していると、やがてとんでもない副作用を引き起こす。言うことが、どんどんとつまらなくなるのだ。普通の人よりも程度の低い会話しかできなくなるのである。
そのため、例えばアルバイト先の職場でも、「つまらない人」という評判になったりする。あまりにもつまらないので、バイト仲間からもツッコまれて、それでひと笑い起きたりする。
ところが、ふとしたタイミングでそのあまりにもつまらない人が芸人の養成所に通っているということが知られると、みんな度肝を抜かれる。「よくこれだけつまらなくて芸人をやろうと思ったな」というわけだが、しかしながら、それは養成所に入ってつまらなさをこじらせただけで、入る前からそこまでつまらなかったわけではないのである。
新しい会話のメソッドが求められている
ツッコミというのは、簡単であると同時に今はやりたがる人も増えている。
なぜかというと、ツッコミというのは会話のヒエラルキーでは上位に位置するので、偉くなった気分になれるからだ。上に立てて気持ちがいいのである。そういう気持ちよさを味わいたい人が、最近増えているのだ。
それは、上に立ちたがる人が増えているということなのだが、裏を返せば、普段は下に立っている人が増えているということでもあるだろう。格差社会の拡大というのは、こういうところにも読み取れる。
今、ネットでバズるコンテンツは、たいてい「ボケ」要素を有している。みんながツッコめる。2ちゃんねるのニュース速報板なんかは、みんながツッコめるようなニュースがばかり盛り上がる。ブログやYouTubeの動画でも、盛り上がるのは提供者がいいボケをかましていて、コメント欄でそれにみんなでツッコめるようなものである。
そういう状況を見越して、ツッコみ待ちのボケを自演する人も現れるようになった。そういう人は「炎上芸人」と呼ばれるのだが、テンネンではなくわざとやっていることがバレてしまうと、とたんに興醒めされるので、計算ばかりではなかなか上手くいかないところもある。
このように、今の日本はリアルもネットもとにかくこの「ボケとツッコミ」メソッドに溢れていて、正直食傷気味だ。そろそろ、これに取って代わる新しい会話のメソッド――誰もが使える汎用性の高い会話術が求められるところである。
そのためぼくは、数年前から、なるべく「ボケとツッコミ」のメソッドを使わない会話を心がけるようになった。これは、まだ定型化するには至っていないが、いつか何かしらの発見につながるのではないかと考えている。
※この記事はメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」に掲載されたものです。
岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。
【 料金(税込) 】 864円 / 月
【 発行周期 】 基本的に平日毎日
ご購読・詳細はこちら
http://yakan-hiko.com/huckleberry.html
『部屋を活かせば人生が変わる』
夜間飛行、2014年11月
部屋を考える会 著
あなたのやる気の99%は、部屋の「流れ」が決めている!!
あなたではなく、部屋が変われば、あなたの意思は自然に強くなり、眠っていた能力が引き出されます。
その他の記事
実は「スマート」だった携帯電話は、なぜ滅びたのか ーー10年前、初代iPhoneに不感症だった日本市場のその後(本田雅一) | |
IoTが進めばあらゆるモノにSIMの搭載される時代がやってくる(高城剛) | |
ロシアによるウクライナ侵略が与えるもうひとつの台湾有事への影響(やまもといちろう) | |
子どもが飛行機で泣いた時に考えるべきこと(茂木健一郎) | |
石田衣良がおすすめする一冊 『繁栄―明日を切り拓くための人類10万年史』(石田衣良) | |
大麻ビジネス最前線のカナダを訪れる(高城剛) | |
自民党党内処分と議員組み換え狂想曲(やまもといちろう) | |
イビサで夕日のインフレを考える(高城剛) | |
タバコ問題を考えなおす(川端裕人) | |
人生に活力を呼び込む「午前中」の過ごし方(名越康文) | |
美しいものはかくも心を伝うものなのか(平尾剛) | |
ゲンロンサマリーズ『海賊のジレンマ』マット・メイソン著(東浩紀) | |
ソーシャルビジネスが世界を変える――ムハマド・ユヌスが提唱する「利他的な」経済の仕組み(津田大介) | |
PlayStation VRを買ったら買うべきコンテンツ10選(西田宗千佳) | |
『外資系金融の終わり』著者インタビュー(藤沢数希) |