宇野常寛のメールマガジン「ほぼ日刊惑星開発委員会」号外より

メダルの数より大切なことがある ――有森裕子が語る2020年に向けた取り組み

スペシャルオリンピックスが問いかける従来型オリンピックの人間観への違和

――有森さんは東京オリンピック・パラリンピックだけでなく、知的障害者が参加する「スペシャルオリンピックス」にも携わられてますよね。

有森 「スペシャルオリンピックス」はオリンピック・パラリンピックの前年に開催される大会です。日本での認知度はあまり高くないですが、海外ではよく知られていて、規模はオリンピック・パラリンピックとほぼ同じです。語尾に「ス」が付いた複数形になっているのは、知的障害者にとっては毎日のチャレンジがオリンピックである、という理念からです。2019年は韓国のテグでの開催が決定していますが、2023年は東京での開催を実現しようと、今から活動を進めています。

――スペシャルオリンピックスにもパラリンピックのような階級はあるんですか?

有森 知的障害の度合いによってクラス分けはありますが、競技は一緒に行います。最後の表彰のときにディビジョニングといって、表彰対象を変えるんですね。最終的に全員が表彰はされますが。
 難しいのは、その選手が登録した障害の重さ、申告してたタイムより、大会で出た結果が極端に良いことがある。本当はもうちょっと上のクラスのはずなのに、下のクラスに入るタイムで申告することで、有利になるようなことはあって、そのチェックは入ります。

――なるほど、競技の後で評価を調整するという部分で、スペシャルオリンピックスにはパラリンピックとはまた違った難しさがあるわけですね。

有森 オリンピックやパラリンピックの選手は、本人の意志を表明できますが、知的障害者は、何もできないと思われてる。と同時に、本人たちの意志とは関係なく区別されるわけです。でも、彼らが本来持っている能力は分からない。人間はチャンスさえもらえたら色々とできるはずなのに。もし彼らにできることを与えたら、新しい可能性を見いだせるかもしれない。

――面白いですね。強い個を持つフィジカルエリートが競い合うスポーツとはまた違った、新しいスポーツ観が根底にあるんですね。

有森 ただ難しいのは、本人たちの意志が明らかでない場合、どうあるべきかを決めるのは周囲になるんですよ。そこは家族やボランティアの方々によって意見が様々なんですね。感動や達成感を求める人もいれば、この社会で生きていけるように、ときには厳しく接するという方針の人もいる。
 私としては、彼らがスポーツを通してチャンスを得て、成長していく場なんだと。メダルを取れる人も取れない人もいるけど、もし取れたら喜んであげよう。「頑張りたい」と彼らが一言でも口にしたら頑張らせよう。彼らの意志が現れたときに、かなえられる場所を提供したい。
 しかし、現実には、取ったメダルを公表すると「勝利至上主義なのか」と批判する人がいる。「みんな平等じゃないとダメ」とか。そんなことでどれだけ足踏みしているか……。競争すると負ける、できないと思ってしまうんですよ。でも、それは周囲が決めていい判断ではない。彼らは自分で生き方を選択していかなければならない。「自立」ってそういうことですよね。だから、代弁はしないで欲しいんです。彼ら自身がメッセージを発するのをじっと見守って欲しい。彼らが発するものを少しでも増やしていけるようにしたい。

――スペシャルオリンピックスに携わる人たちも、必ずしも考え方が同じというわけではないと。これからのスポーツの果たすべき役割を考え直す上で、とても重要な議論だと思います。

有森 これは「人間とは何か」が問われる深い問題です。ただ、彼らは間違いなく人間であり、今後も生まれ続ける。これからもずっと社会に居続けるんですよ。だから、共存すべき私たちの一員として、もっと当たり前の存在に普遍化していかなければならないんです。

 

従来のスポーツジャーナリズムや2020年招致運動について現場から見えること

――日本のスポーツメディアやジャーナリズムの課題については、どうお考えですか。

有森 昔よりは、だいぶいい方向に雰囲気は変わってきたと思うんですが、もっとスポーツとしてシンプルに見せた方がいいとは思います。
 実際、すべての競技でメダルが取れるわけではなく、日本人が勝てないことも多い。それでも視聴者に見てもらうために、苦労話とか家族構成とか、感動的なエピソードと一緒に伝えようとする。それがあまりに作り上げられ過ぎていて。もっとシンプルな評価の中で、スポーツの存在自体を見せていいと思うんですよね。

――マスメディアは分かりやすさを求めるあまり、選手周辺のエピソードやメダルの数ばかりを取り上げる傾向があります。これはマスメディアだけでなく主催者側もそうで、開催国のメダルの数で五輪の成否が決まるような風潮が、いつの間にか生まれています。

有森 これは為末大さんの発言ですが、今まではスポーツのために何ができるのか、いわば「フォアスポーツ」(for Sports)の立場で良かったけれども、これからは、スポーツによって何ができるのか。「バイスポーツ」(by Sports)の発想を持ってやるべきだと言っていて。それは本当にその通りだと思います。
 この大変な時期にオリンピック・パラリンピックの東京開催が決まって、スポーツが社会にどう貢献できるか、アスリートが何を還元できるのか、そういった意識を高めていくチャンスなんです。だから今からメダルの数ばかり強調される風潮はおかしい。それよりも先に考えるべきことがたくさんあるのに、いつの間にか、メダルの数のために予算を使う、施設を作るという発想に陥りがちです。

――スポーツを国家とカネの力で強化する、という考え方は前時代的なものに思えます。こういった空気を、あとの5年でいかに変えていけるかが、今回のオリンピックの本当の課題なのではないでしょうか。

有森 そうですね。2016年オリンピック・パラリンピックの東京への招致活動が失敗したのも、招致委員会の「五輪を招致するために、東京をいい街にしよう」という呼びかけが、東京に住んでいる人たちの反発を招いた面が少なからずあったと思うんです。「私たちの暮らしている街を五輪のために変えようとするな」と。もしこれが「こんなにいい街だから五輪が呼べるよ」という考え方で招致活動を展開していたなら、結果は全然違ったはずです。
 せっかく2020年の五輪開催が決まったんだから、みんながWin-Winになれるような、ハッピーなイベントにしなければならない。私は五輪のおかげで今の人生を築かせてもらえたと思っているので、五輪のために犠牲になる人たちは見たくないんです。だから、オリンピック・パラリンピックを利用するにしても、そのやり方についてはよく考える必要があると思います。(了)
 


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