やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

あまり参院選で問題にならない法人税のこと


 選挙戦も中盤になり、参院選のネタで野党がまたぞろ消費税の問題を持ち上げておるわけですよ。

 で、野党勢力が低迷している理由のひとつ(メインではない)が、この消費税と社会保障の関係でありまして、さすがに日本国民もかなりの割合が「消費税が増税になるのは、社会保障費が増え続ける中仕方がない」と高齢者を中心に思ってはいるわけです。

 アンケートを取ると、消費税に「おおいに賛成」という率こそ低いわけですが、昔ほど「やや反対」「おおいに反対」は減少し、単純に増税が嫌だというレベルのことだと言えます。

 その割に、野党が主な政策課題で消費税減税(立憲は時限的減税という言い方ですが)という話を掲げる中で支持が広がらないのは、ある程度状況を見て消費税は必要であるという話が浸透しているのですが、共産党やれいわ新選組の反消費税主張の中で、概ねにおいて「法人税が大幅に減税する穴埋めとして消費税が10%まで引き上げられた」という微妙な主張が混ざっているのが特徴的なんですよね。

 実際、財務省の資料でも消費税の導入とともに法人税が下げられ、税収が減っているように見えます。

主要税目の税収(一般会計分)の推移

消費税の使途に関する資料

 ただ、これはそもそも日本の法人税、所得税の直接税の比率を下げる目的で導入されたのが消費税であり、法人税を下げて国内産業の活性化と雇用確保のために必要だぞという議論が当時あって、欧米並みに付加価値税などの間接税を引き上げるために導入したという経緯がありました。

 また、途中の引き上げについては財務省の言っていることに嘘はなく、確かに消費税の使途は(一応は)社会保障費に充当されているのが現実です。野田佳彦政権の最後で三党合意で得られた社会保障改革は、増え続ける社会保障財源について消費税の増税を行う前提で実施するのだときちんと掲げられています。当時は、地方財政の改革において消費税を地方税化するという話もあり、まあテクニカルに面倒くさいけど要するにどうにかするから消費税増税といった風にとらえられてしまった面はあったんじゃないかと思います。

三位一体改革のシミュレーション分析

 問題となる法人税については、我が国の法人税の実効税率はようやく20%台になって29.74%なわけですけれども、OECDの中でも相変わらず7位と法人税がクソ高い国の一つになっています。野党勢力は消費税を辞めて法人税を増税しろという話をしておるわけですが、実は同じことは12年ほど前に鳩山由紀夫さんが旧民主党政権において「国際水準に比べて高い日本の法人税は減税するべき」と言っておったわけですから、安倍ちゃんも頑張ったかもしれないけどお前らの旧民主党も同じような見解だったんやと強くいいたい面はあります。

世界の法人税率(法定実効税率) 国別ランキング・推移

「法人税、減税の方向に導くのが筋」 首相が答弁

 時は下り、世界的なビッグテック(GAFA)の時代に差し掛かりますと、これらの国際的な法人税の取り扱いが問題となり、我が国でも法務省が日本で営業する外国企業が代表権を置かない合同会社などで責任や納税を逃れていると激おこ案件となったのも記憶に新しいところではないかと思います。単純な話、日本の租税を免れて海外で鯖(サーバ)を置いているから営業できるという仕組みでフリーライドすることに関しては、長年の懸念として出ていたのも事実です。

 あまり知られていないのは、これらの国際的な租税の枠組みにおいて、日本の財務省の偉い人が頑張って租税回避に対し国際的な課税方式変更という荒技を実現してしまった点にあります。昨年10月8日に開催されたOECDの財務級会合で、これらビッグテックなど多国籍企業に対する課税措置についての歴史的な合意が実現したんですが、根回ししたのがアジア開発銀行総裁で元財務省財務官の浅川雅嗣さんの貢献です。2012年から部会を立ち上げ、OECDとしてBEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)という租税回避対策の委員会によって長らく議論を積み上げてどうにか対応をしてきたわけですけれども、10年越しで日本主導で世界的な企業の租税回避対策ができるようになったというのは本当はもっと知られるべきだし、ありがとう財務省と言われるべきことなんですよね。

OECDの概要:租税委員会 - Committee on Fiscal Affairs

 2019年、日本はG20議長国として各国と本件での調整を進めたのが前財務大臣の麻生太郎さんであり、お前ら左翼の嫌いな財務省や麻生太郎さんが超働いて大金星を挙げていることについては、これぞ国民経済における足跡なんだよということはぜひ知っておいてほしいんですよ。陰謀論とかではなく。

 これらの租税について、世界136の国と地域との包括的な合意を得たんですが、つまりはビッグテック企業などによる各地域での利益がその売上高の10%を超える場合には、10%を上回る利益のうち25%を各地域での売り上げに応じて分配するよう取り決めが成立しました。また、15%より少ない法人税率しか課税しない国があれば、残りの課税分は別の国、例えばその企業が本拠地を置く国が15%まで課税できることにしたので、いわゆるオフショア・タックスヘイブンに本社を移しても、国際的な会計基準において過少課税しかされない場合は、残りの課税割合に応じて追加で徴税できるようになったわけです。

 これらは世界会計における日本政治・経済外交の大金星でありまして、その結果、法人税が不足する分もまた2023年度以降、相応にビッグテック企業などから法人税をある程度回収できるようになるだろうと見られます。高い法人税を下げなければならない国際的な圧力を、外交的手段で15%ぐらいまでは確保できるようにする、という手法で埋めていくことができたのは、おそらく政治家がつばぜり合いをやる選挙戦ではついぞ出ない法人税と国際的徴税の仕組みであり、税収が増えて受益するのは国民なんだけど、それを誇ることなく淡々とやるべき仕事をやった財務省はもう少し褒めてやったらいいんじゃないかと毎回思うんですよね。

 ところが、肝心の自民党内で「消費税は下げよう」とか言い始める不思議な議員さんもおられるようで、もうちょっと考えろよなーって思います。しかも、さっき報道を見ていたら麻生太郎さんが街頭演説でまた誤解を招く余計なことを言って燃えてましたし、この辺の報道の在り方、議論の仕方に大きな問題と課題を残したまま選挙戦が進んでいくのだなあと強く懸念を感じたりも致します。

 そのうちまとめてネット記事にでもしましょうかね…。
 財務省の犬が、とか批判を受けそうですが。
 

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Vol.374 ビッグテック租税回避問題の対策を導いた功労者が誰なのかを語りつつ、ロシアによるサハリン2接収の実情や最近のセキュリティインシデントあれこれに触れる回
2022年7月3日発行号 目次
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【0. 序文】あまり参院選で問題にならない法人税のこと
【1. インシデント1】このクソ忙しいところで
【2. インシデント2】このところのセキュリティインシデントについての雑感など
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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