の記事一覧

記事一覧: 1229件

夏の帰省に強い味方! かんたん水やりタイマーセット「G216」

まもなく夏休みも中盤、お盆で帰省するという話もちらほら聞こえてくる時期。今回はそんな時に便利なものをご紹介。 うちはいつも子供と猫を連れて1週間ほど宮崎の実家に帰省するのが通例となっているのだが、そこで困るのが植木の世話である。(2015.08.10)  続きを読む

6月のガイアの夜明けから始まった怒りのデス・ロードだった7月

先日、ひと心地がついたので久々に映画館に足を運びました。お目当は「マッドマックス 怒りのデスロード」。噂にたがわずすさまじい映画でした。2時間ほどの上映時間のほとんどがカーチェイス。ジョージ・ミラー、狂ってますね。(2015.08.08)  続きを読む

村上春樹を読む:世界的な評価を受ける作家の共通点

村上春樹は登場したときには「都会的でおしゃれな短編を書く作家」という風に扱われていた。そういう作家なら日本にでも、いくらもいるから、それほど際立った評価は受けていなかった。実際、後になって「村上春樹エピゴーネン」の村上春樹風の文体で書く作家が出てきたからね。今でも、日本に限らず、ヨーロッパやアメリカにも村上春樹的に書く作家はたくさんいる。でも、そういう模倣者たちはローカルな書き手で終わって、村上春樹ひとりが世界性を獲得した。どこに違いがあったのか、そこを見ないといけないんだと思う。多少文体が似てても、村上春樹とそのエピゴーネンたちでは、見ているもの、書いているものが違う。(2015.08.07)  続きを読む

「キャラを作る」のって悪いことですか?

学校でも職場でも友人関係でも、自分の「居場所」を確保するということは大切なことで、「キャラ」というのはそのための有力な「ツール」だと言えるでしょう。リーダー的なポジション、参謀的なポジション、ボケ、ツッコミなど、キャラクター設定はさまざまですが、わかりやすい「キャラ」を作って演じることは、仲間の間で、自分の居場所を確保するのにある程度有効です。 ただし、「ある程度」ということは、そこには限界や、デメリットもある、ということです。その大きな理由は、そもそも自分の「キャラ」というのは、ほとんどの場合、自分だけで選び取ったものではないことにあります。(2015.08.06)  続きを読む

いじめられたくなければ空気を読め

いじめの対象にならないようにするには簡単で、空気を読めばいいのです。いじめというのは原則的に、空気を読めない人に対して、「おまえも空気を読め」と強要する同調圧力によって発生します。そのため、空気を読める人がいじめの対象になることは基本的にありません。(2015.08.05)  続きを読む

今週の動画「虎落解き」

今回の動画で、まず最初に紹介するのは「虎落解き」である。相手に両手と袖を掴まれた状況から、襟を掴まれている側の手(この動画では左手)で、こちらの右袖口を掴んでいる相手の左手に「糸吐きの手」で糸を吐きかけるようにすると同時に、足を居着かせないように左右の足を同時に踏み替えるようにしながら、「糸吐き」に使った左手を、糸吐きの直後にこちらの襟を掴んでいる相手の右手首辺りに添え、右の前腕で相手の前腕に重みをかけ、一気に相手を下に崩す。(2015.08.04)  続きを読む

なぜ『フィナンシャル・タイムズ』は売られたのか

イギリスの経済メディア『フィナンシャル・タイムズ』(以下、FTと呼ぶ)が、日経新聞に買収され、世界中が大騒ぎになっている。 今回、このテーマをこの「ぶんぶくちゃいな」で取り上げるのは、中国にとってもFTというメディアが非常に重要な存在だからだ。中国メディアはどう報道しているのか、そして中国のFT読者たちはどう見ているのか。加えて、いまだに世界中が納得できていない、この不思議な買収劇について私見を提供したい。(2015.08.01)  続きを読む

カバンには数冊の「読めない本」を入れておこう

人生の中で「限界を超える」経験を時々しておくこと。これは、けっこう大切なことなんです。それは別に、周囲から評価されるようなことじゃなくてもいい。自分なりに何か、「限界を超える」テーマを持っておくのがいいんですね。 「限界を超える」という観点からみると、「読書」というのは非常におもしろいツールだと思います。というのも、本って、簡単なものから難しいものまで、一般的なものからマニアックなものまで、バリエーションが豊かですよね。だから、ある人にとっては簡単に読める本でも、自分にとってはけっこう歯ごたえがあるということがいくらでもある。そうすると、どんな人でも、いくつになっても、「これを読めば私は自分の限界を超えられそうだ」と思える本というのはあるんですよ。(2015.07.31)  続きを読む

「見たことのないもの」をいかに描くか–『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』

歴史に残るモンスターも、最初は「見たことのないもの」であり、それは1カットごとに新鮮なものとして我々の前に降臨したはずだ。 そしていま新しく作られる怪獣映画は、新しい表現の模索でなければならない筈であり、同時に従来の怪獣映画の「その先」が意識されなければならない筈だ。(2015.07.30)  続きを読む

僕がザハ案の国立競技場の建設に賛成していた、たった一つの理由

国立競技場の建設を巡って反対の声が喧しい。平野啓一郎さんや為末大さんが反対の声を上げてからその流れが加速し、ついには先日、首相が白紙撤回を明言した。 しかしながら、これはけっして逆張りでいうのではないのだが、ぼくは新しい国立競技場の建設には大賛成だった。 新しい国立競技場の喧噪を見てぼくが思い出すのは、都庁建設時の喧噪だ。今の都庁はぼくが大学生だった25年前に完成したが、完成する前というのは、それはもう世間のバッシングがもの凄かった。バベルの塔になぞらえて「バブルの塔」と呼ばれ、あらゆるメディアがさんざん扱き下ろした。(2015.07.29)  続きを読む

ページのトップへ