贈り物としての「先生」
例えば私がここ30年以上、師とも仰いでいる身体教育研究所の野口裕之先生は、昔は私に先生をつけられる事などほとんどなかったのだが、最近は「甲野さん」と呼ばれる事の方が少なくなっていて、これはどうにも落ち着かなくて困る。
ただ、中には、この「先生」という言葉をじつに軽妙洒脱に使う人もいて、以前、私より年上でありながら、私を「先生」と呼んで少しも私に違和感を感じさせない方があった。この人は刀剣の蒐集家としてかなり知られた板金会社の社長だったが、何とも粋な人で年下の私を「先生」と呼ぶその調子が、からかっている訳でもないのだが、実に軽妙で、私を「先生」というニックネームで呼んでいる感じだった。K社長はすでに亡くなってかなりになるが、その事が深く印象に残っているという事は、私が人の呼び方という事に関して、いろいろと考えるところがあったからだと思う。
私は合気道を始めて以来、武の世界にいたから、指導者を「先生」と呼ぶことは抵抗がなかったが、独立して松聲館道場を立ち上げるまでは、教える事があっても先輩的立場で教えていたから、「先生」と呼ばれる事はなかった。それが独立して会を立ち上げてからは、自動的に多くの人から「先生」と呼ばれるようになり、当初は落ち着かなかったが、次第にそれはそれで受け入れるようになった。それは、いわば相手からの贈り物でもあると気がついたからである。また、相手にとって、ちょっとあらたまって自分の中の気分を変えるために、そう呼びたいという事もあるだろう。そして現に私自身が先生と呼びたいという衝動が起きる事があるのだから、そう呼ぶ事を他の人達に制限させるのもどうかと思った。
その他の記事
|
未来を切り開く第一歩としてのkindle出版のすすめ(高城剛) |
|
週刊金融日記 第291号【SegWit2xのハードフォークでまた天から金が降ってくるのか、日経平均は1996年以来の高値にトライ他】(藤沢数希) |
|
スープストックトーキョーの騒ぎと嫌われ美人女子の一生(やまもといちろう) |
|
TikTok(ByteDance)やTencentなどからの共同研究提案はどこまでどうであるか(やまもといちろう) |
|
国産カメラメーカーの誕生とその歴史を振り返る(高城剛) |
|
2016年米国大統領選候補、スコット・ウォーカー氏が思い描く「強いアメリカ」像(高城剛) |
|
カビ毒(マイコトキシン)についての話(高城剛) |
|
快適な心地よい春を過ごすための用心(高城剛) |
|
時代を超越した自然と人間の融合(高城剛) |
|
世界はバカになっているか(石田衣良) |
|
世界百周しても人生観はなにも変わりませんが、知見は広がります(高城剛) |
|
秋葉原のPCパーツショップで実感するインフレの波(高城剛) |
|
セルフィーのためのスマホ、Wiko Viewから見えるもの(小寺信良) |
|
「常識」の呪縛から解き放たれるために(甲野善紀) |
|
ゲームにのめりこむ孫が心配です(家入一真) |











