岩崎夏海
@huckleberry2008

岩崎夏海のメールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」より

なぜ、僕らは「当然起こるバッドエンド」を予測できないのか?

※岩崎夏海のメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」より




『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(以下『MS』)という映画を見た。

Netflixに入っていたのを見たのだが、これは多くの人が見ておいた方がいいと思った。

『MS』は、リーマン・ショックを題材にした映画だ。リーマン・ショック(2008年)を事前(2007年頃)に予測していた人たちの話である。彼らは、その予測をもとに大量の「空売り」をした。「空売り」のことを、英語で「short sale」という。原題は、『The Big Short』だ。だから、「巨大な空売り」という意味である。

いつも思うのだが、邦題の付け方にはひどいものが多い。この『マネー・ショート 華麗なる大逆転』もひどいものだ。どうひどいかというと、テーマと逆行しているのである。これは、「華麗」な話でも「大逆転」の話でもない。

リーマン・ショックを予測していた人たちは、調査の過程でアメリカの「ひどさ」に気づいていく。誰もがいい加減な取引をして、経済を食い物にして私腹を肥やしているのだ。経済システムを乗っ取った巨大な集団詐欺のようなことをしているのである。「赤信号みんなで渡れば怖くない」というわけだ。

しかし、そういう詐欺は成功したためしがない。いずれ自滅するのは自明の理だった。

だから主人公たちは、空売りして彼らが滅亡することに賭けたのだが、しかし彼らが滅亡するということは、アメリカの経済システムが破壊されるということで、それによって大量の失業者や死者が出るということでもある。困る人が大勢生まれるということだ。

「リーマン・ショックを空売りする」というのは、つまり「アメリカ金融マンたちの詐欺が露呈して多くの人が路頭に迷うことに賭ける」という意味なのである。だから「華麗」でも「大逆転」でもないのだ。

映画の中にも、空売りが成功して喜ぶ若者を年配者がたしなめる場面が出てくる。「ぼくらが勝つということはアメリカが滅亡するということだ。だから喜ぶようなことじゃない」と。

ぼくは、リーマン・ショックの当時は株も何もしていなかったので、直接的には関係なかった。しかしながら、それで景気が悪くなり、ぼくは転職したりもしているので、間接的な影響もなくはなかった。また、『もしドラ』が売れたのもリーマン・ショックの影響が色濃く残る世相の中だったので、その意味ではやっぱり影響はあっただろう。

ところで、ドラッカーは「すでに起こった未来」という言葉をよく使っている。

「未来というのは現在の中にすでに起こっているのだ」と彼は言う。

しかしドラッカーは、こうも言う。「なぜか人々は、それを直視できないことが多い」

そして、こう続ける。「それによって、多くの人が道を見誤る」

リーマン・ショックも、知れば知るほど、それが起こることが分かっていた。

2007年の時点で「すでに起こった未来」だった。

しかしほとんどの人々は、それを予測できなかった。いや「直視」できなかった。

なぜかといえば、それは彼らにとって「不都合な未来」だからだ。そうなってしまっては困るからである。

この心理は、ギャンブル中毒に当てはめるとよく分かる。

ギャンブルをやる人は、自分が未来において損をすることは分かっている。それでもやめられないのは、それを直視できないからである。

あるいは、会社を傾かせる事業家に当てはめても分かりやすい。

例えば今ぼくは出版業界にいるが、出版業界がこれからますます斜陽していくことは誰の目にも明らかだ。しかし多くの人々は、それを直視できない。なぜならそれは不都合な未来なので、目をそらしてしまうのである。

では、不都合な未来を直視できるようになるにはどうすればいいのか?

その答えの一つが、『MS』には描かれている。

それは、「不都合な未来を自分にとって好都合な未来に変えてしまう」ということである。つまり「不都合な未来を空売りする」ということなのだ。

出版業でいえば、出版業の衰退に賭けるということだ。その没落に賭けるということなのである。より具体的にいうと、出版業を滅ぼすようなビジネスに手をつけるということである。

しかし、これはもちろん「言うは易く行うは難し」である。まず何よりも逆風がきつい。出版業のあらゆる人たちから「裏切り者」との批判、非難は免れない。

実際『MS』の主人公たちもありとあらゆる批判、非難、嫌がらせを受けた。映画は、そこのところを淡々と描いていく。そしてその勝利も、けっして蜜の味ではない。確かに大金を得ることはできたが、代わりに彼らの心には大きな空しさが残ったのである。

その批判や空しさを避けるからこそ、人は未来を直視できない。しかしながら、それでは没落が待っているので、いずれにしろ困難は避けられないのだ。

もしあなただったら、どちらを選ぶだろうか?

誰とも衝突しないまま、没落するか。

皆から批判され、空しさを味わいながらも生き残るか。

ぼくは、これまで後者を選んできた。これからも、後者を選んでいきたいし、選んでいくものだと思っている。

 

岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」

35『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。

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岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。

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